パリの中華料理

パリの中華料理は結構うまい。
安いしね。
ケバブもうまい。
世界を旅して食事が合わなかったら中華料理を食べに行けばある程度は満足できるらしい。
と、そんな夕食話は置いておいて。

新潟中越地震と名付けられたこの地震はすごかったらしいじゃないですか!

少し揺れたくらいだと思っていたら、死者まで出ているそうで。
避難者もすごい数になってますね。

あまり情報がないので現実味がないんですが、新幹線が脱線したニュースを台湾の新聞でめちゃ取り上げてるそうで。

そりゃ脱線しない方がおかしいだろ!

でも家にnetがつながってなかったら、この地震のことを知るのがずっと後になっていたと思うと怖いもんですね。

家でテレビも見ないので、
日本が消滅しても気付くのに何日かかかると思うと怖い。

そんな災害が起きた時に私たち写真家は一体何をすべきなのか?

多くのカメラマンはその災害の状況を撮るだろう。
見るということは撮ることで、自分の見たものを記録し伝えることも写真だ。

自分の家や家族を撮るかもしれない。
自分の一番大切なものや思いのつまってる物が今までは普通に存在するが、
その存在はうつろいやすいもので不変ではないということに改めて気付かされる。

だが私はカメラを捨ててしまう気がする。
カメラという神の目を持った傍観者になりきれる自信がない。

私にとってカメラとか写真というものはそういうものかもしれない。

または狂ったように撮るか。

美味しい食事を前にして撮りたいと思うより食べたいと思うし、
風景に感動したら見ていたいと思う。
何よりもこの目で。
そして肌でその時間を感じたい。
風であり空気を。
そして二度目に行った時にカメラを持ってくる。

そんなものだ。
もしかしたら3度目かもしれないし、100回目かもしれない。

傍観者になることで感動もなにもかもが遠くに逃げてしまう気がしてしまう。

では私にとって写真とは何か?

今の自分と何かの化学反応かもしれない。
それは足跡であり、夢であり、現実であり、理想。
そして生きている事であり、人生の掃き溜め。
写真として体から出さなければ、いずれこの毒は私を殺すだろう。

それは写真でなくてもいい。
でも今まで写真をやっていて写真が合ってるなと感じているから写真でやっている。

出来ることなら写真なんてやりたくはない。
ただ体が求めてしまうんだからしょうがない。
なんだかんだで好きだから。

さていつものように話がそれましたが、
地震による被害のなるべく早い復興を祈ってます。
何より大変なのが、中越地方はもうすぐ雪が振り始めます。
その量は半端じゃありません。
雪の壁が出来るくらい。
それを避難地で迎えるなんて辛すぎます。
寒いし。
これからクリスマスであったり正月があったりするのに。
辛すぎる。
私が新潟出身なので思いが強いのかもしれません。

今年は土砂崩れであったり台風であったり地震であったらヒドいなぁ。
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by masarumizushima | 2004-10-25 06:10 | NEWS

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