カテゴリ:未分類( 82 )

Exposition : photographies グループ展

b0033249_864393.jpg



Exposition : photographies

La galerie akié arichi

exposition du 10 mai au 5 juin 2012

Régis Airault
Akash Das
Brenda Hoffman
Masaru Mizushima


vernissage jeudi 10 mai de 18h à 20h30
ouverture du mardi au samdi de 14h30 à 19h et s/rdv

26, rue keller 75011 paris france
Tél: 0951465114

www.galeriearichi.com
email : galeriearichi@hotmail.com
parking: 121 avenue ledru-rollin
métro: bastille, voltaire, breguet-sabin, ledru rollin
autobus: 69, 76, 86, 87, 61, 91, 21

membre du comité professionnel des galeries d'art (CPGA)
[PR]
by masarumizushima | 2012-04-23 08:06

オヤジギャグの必要性

この頃、オヤジギャグを言ってしまうことが多い。
オヤジギャグというのは寒いだけで無意味な気もするのだが、本人にとっては言わないと気が済まないものらしく本人にとっては必要な物らしい。

そういうわけでこういった書くべきことがない日において何を書こうかと考えたのだが、書く事がないので無意味という言葉が登場したついでに「無」について書こうかと思う。

無とは数学で言えば0である。何もないという事。しかしそれを哲学的に考えた場合には「無」という意識をした時点で認識され存在するものとなってしまう。それならば本当の意味で無とは一体なにぞやという事になる。善と悪ならば話は早いのだが無と有というのは対極に位置しておきながらそう簡単にはいかない。ゼロという認識は数字が出来た当初は存在せずに、ゼロという概念がインドにおいて形成されるにはその後にかなりの年月を待たねばならなかった。その時点において「有る事」と「無い事」というのは二元的には存在しなかったということになる。「有」が存在すると思うからこそ「無」も存在するということである。これは悪と善のように二元的には存在しないという事でもある。悪も善も人の認識によって変わるものだが、相対する感覚も反対の感覚を意識しない限りは存在し得ない。おせっかいおばさんが善かれと思って行動する中に彼女自身の中には悪というものは存在しえない。それが他人から見れば悪という要素を含んでいようとも彼女自身の中では悪というものは意識されることはない。それならば本人が悪と認識しなければ本人にとっては善かというとそんな単純なことではなくて、絶対的な真理というものはそこに当てはまることはない。主観と客観というのも言葉の定義から始めなければいけないが、人が物事を考える上で客観的に考えた所で本人が考えている以上は完全なる客観視など出来るはずはない。ならば全ては主観しか存在しないのかというとそうではなく、自身の中で客観という意識をした時点でそれは客観になりうるのではないかと思う。
話が大きく本筋から外れてきたが善と悪というグノーシス的二元論とは別の視点で物事を考えるとすれば、自分の意思を超える存在が有ると認識することである。それが錬金術で言えば真理に当たり、神であるのではないだろうか。自分の中で認識する絶対的何かに物事を投影し考えるというのは人間が人間として生きる上で必要な事なのではないかと思う。誰かが「客観的な視点なくして真の芸術はありえない」と言っていたが客観的視点なくして真の善というのはありえるはずはないのである。なぜなら分かりやすく例えたら、炎天下でアイスを食べたい人にアイスを100本プレゼントした所で迷惑であるように相手の喜ぶ事を想定したら100本あげたいというのは気持ちで止めておいてどうしたら喜ぶかというのを考えなければいけないからである。
日本では無というと「存在しない事」を指すことが多いが、数字のゼロを発見したインドでは「存在しない事」を「無が存在する」と言うらしい。

禅において無心というのは心に何も無い状態ではない。ニュートラルな状態である。スポーツでも似たような事で「脱力」というのがある。力を入れるよりもある程度は力を抜いた方が力が入るというものである。有るという認識をするよりも、無くすという認識をした方が有る事が出来るというのは大変面白いように思う。「どこに行くか分からない人ほど遠くまで行く事が出来る」というのもあった。そう考えると裏返せば無は有であるという事が出来るのではないだろうか。ならば本当の意味で「無」とは一体何だろうか。

今度は禅に近い仏教的見解で無というものについて触れてみようと思う。仏教用語で無が一番使われるものといえば「無我」ではないだろうか。無我の境地と言われる事もあるが、無我とは自分自身の執着を超越することにある。意識の先で自分という感覚を超越した時である。これは仏教的に無我の境地に達したというよりも、もっと別の手段を用いれば皆さんも体験した事があると思うが自分自身の意識を超越するというのは日常的にある事である。変な話、寝る瞬間というのは寝るという意識もなくなるわけで誰も寝る瞬間を覚えている人などいない。それを無我だというわけではないが認識していないという点ではそうだと言えるのではないだろうか。接客業をしている時に、熱で意識が朦朧としていて働いていた記憶がないという事があったがきっと働いている時には意識はあったはずなのにどこかで途切れてしまったのだろう。寝ていては接客が出来るはずもないし走り回ることなど到底出来るわけはない。記憶障害というのは大変面白いものである。

では何かを有させるという点において創造的という観点から見てみようと思う。「創造」の対義語としてよく使われるのは「破壊」である。しかしそれは違うのではないかと僕は思う。なぜならば破壊の次に行われるのは創造だからである。破壊というのは創造するという前提で行われるものである。テロという破壊的行為は彼らの中で新しい世界を作ろうとする行為である。戦争もそうである。正当化出来る事というのは創造的なのである。真に破壊的だと言えるものは無である。無に帰す行為というのは誰もが認める事は出来ないのである。無というのは行為にしてみると理解出来ない、分からない事なのではないか。無気力というのは気力は無いわけだが、無気力というものは存在するのである。

「ここまで書いて本当にどうでもいい事を言っていると自覚しているのだが読み返すのも面倒なので誤字脱字が多い事をここで謝っておきます。ごめんなさい。」

最後に物理学的見解で無というものを見てみるとこれが面白いことになっている。
物理的に何も存在しない事を真空と呼んでいたそうだが、現代では真空状態において「真空のゆらぎ」というものによって電子と陽電子のペアが出現するらしく、絶対的に無というのは存在しえない。

よって無というものは概念だけの存在で実際には存在しえないと言えるのではないだろうか。無というのは有(存在する)という事と同義語なのかもしれない。そう思うと「意味のない事なんて無い」という一般的見解を肯定的に見ることが出来るのではないだろうか。無意味や無駄だと認識した時点で無ではなくなる。

そんなわけでオヤジギャグというのも無意味でも無駄でもないというわけである。寒さと戦うチャレンジャー達よ今こそ立ち上がりつまらないと冷ややかな目で見られようともオヤグギャクを胸を張って言うべきである。このつまらない日記も一見無意味そうで何かしら意味があるのだ。そうやって無意味に肯定してみたが、無意味を積み重ねた所で無意味な事には違いないのである。

途中二元論でグノーシス主義を出したのでカタリ派について書きたがったが話が外れすぎるのでまた今度にしよう。

夜中に空腹だが、今日の観点でいくとお腹に何も無いのではなく空腹が存在するということなのだろうか。だがお腹が減った事には何も変わらないのである。夜中に何か食べるのは体に良くないと言われているが腹が減ったものは仕方がない。空腹を認識したって腹が満たされるわけじゃない。まったく生きるのは大変だ。
[PR]
by masarumizushima | 2007-08-09 10:38

アモーレ!


アモーレって響きが「恋しろ!」って言っているように聞こえる。


アモーレと言えば女性遍歴の凄さで有名なカサノバを思い出してしまうのだが、ついでにwikipediaで調べたら興味ある書き込みがあった。

『カサノヴァがその華やかな恋愛遍歴を享受した理由の一つは、彼が多くの同時代18世紀人と異なり、彼自身の快楽と同時に、その交際する異性の側の快楽に常に注意を払っていたことにある。彼は誘惑者としてばかりでなく、誘惑されることにも喜びを見出しており、また多くの美女を同時に愛し、激しい恋愛のときが終わったずっと後に至るまで、それら異性を人間として同等の存在として尊敬し、親交関係を維持した。彼はまた数人の男性ともベッドを共にし、また異性装にも生涯を通じて関心をもっていた。性病とギャンブルもまた彼の人生と不可分だった。ギャンブルは異性の次に彼が情熱を傾けたものであり、さまざまのものに賭け事を行い、ある時は勝ちまたある時は全財産をすったりした。パリで彼は国営の宝くじを創始してひと財産を成したが、絹織物工場への投資が失敗して全てを失っている。』

カサノバが実際には何をしていた人かというのは、同じくwikipediaから引用させてもらう。

「カサノヴァは時にビジネスマン、外交官、スパイ、政治家、哲学者、魔術師、20作以上の著作をもつ作家そしてドレスデン、ジェノヴァ、トリエステ、マドリッドで作品が上演される劇作家として立ち働いたが、その生涯の殆どにおいて、単一の「生業」を持たず当意即妙のウィット、幸運、社交上の魅力、そしてその対価として人々が提供する金銭でもって生活していた。」


つい先日、本物のボヘミアン集団を初めて見たのだがパリに住んでいるホームレスなどとは違い、若く元気で生き生きとしていた。妖精のような服を着ていたり、なんだか楽しそう魅力的である。スナフキンも実際にいたらあんな感じになってしまうのだろう。他人に危害を加える気は一切ないようでこちらも安心して見ていられる。社会的弱者でありながら精神的には弱者ではないというのはとても重要な事に思われる。
しかし、そのボヘミアンの集団にしてもカサノバにしても、自由の精神というのは他人の自由の権利を奪わないからこそ自分の自由を行使出来るわけで、それ相当の代償を支払わなければいけないというのを改めて感じさせられたわけだ。
光というのは強ければ強いほど、闇も深く濃くなっていく。闇が強ければ光も強くなる。それは時代性にも言えることかもしれない。どこかで光が照らされているのは他の部分にも闇が存在するということだろう。

古代ローマの人間にも古代エジプトの人間にも、その他多くの古代都市や現代の田舎の国にも行った事がないが歴史上の人間が時代や場所が違うだけで同じ人間だとはなかなか認識出来ない。その場所に行って肌で感じてみて初めて脳内での事が指先まで届くような感じがする。だから人は旅行するのだろうか。知りたいから。
僕は旅行嫌い(面倒くさがりなだけ)だが、そういう感覚の認識においては随分と鈍いのかもしれない。
酒蔵に行くことによって、その後は酒の味と一緒に倉のおかれている状況を情報として一緒に飲む事が出来る。それはワイン畑に行くのも同じ。そういった楽しみ方もあるのかもしれない。コンセプチュアルアートの良さもそうかもしれない。そこには情報という落とし穴もあるのだが、それは僕の好みの問題で善し悪しの問題ではないのでそこらへんに置いておこう。

サド侯爵の凄さは実際には大した事をしていない中での、人間の妄想の凄さである。カサノバはある意味で普通である。人間の動物的部分に忠実である。そして早大の何とかサークルのようではなく、気品と知識に満ち、誠実であると言い切れるのではないだろうか。
人は意味のない行動というのは出来ないものである。何かをやらされるのではなく自ら前線に立って行うというのは理由が必要である。ましてや悪徳だと社会的に思わざるおえない行為というのは本人も無茶苦茶なバカではなければ自ら気づいてしまうものだ。それでもなおも実行に移すには自己を正当化する必要がある。誰もが自分を正当化するが、それよりも一層の強さが必要だ。
だからこそ、一つの事で周りよりも抜きに出た人というのはその方向性を変えるだけで別の事でも突出するのである。天才が多くの事で業績を残すのは必然なのかもしれない。
僕は天才否定派だが、それは自分が天才ではないと気づいているからだろう。そうやって自ら翼をもぐ行為というのは愚かでしかないとも思っているだが、脳内で悪魔と天使が戦っている。

そういう突出した人というのは差別される。周りからは区別されているのだが、差別そして今で言うといじめ、過去においては魔女狩りや村八分になりかねない。

社会的少数者について、またwikipediaの記事が面白かったのですが長いので興味のある人は読んでみて下さい。
社会的少数者
外山恒一が少数派の諸君と言っていたがこのような少数派を代表しようしていたとしたら、彼の言っていた事はもっともだと思われる部分が沢山ある。


フェリーニのカサノバにおいて、直接的な性描写を排除しつつもあそこまで作れるというのはものすごい事である。イタリアにおいて国葬されるのはもっともである。日本もそういう所を見習ってほしいものだ。美空ひばりも黒澤明も国葬にするべきだったのに。
しかし、フェリーニの映画を見ていて思うのは彼個人の素晴らしさの問題は置いておいて、イタリア映画独特の匂いというのがあるわけだが、日本映画にも日本映画独特の匂いがある。その中で、日本の映画がじめじめして辛気くさくてアンニュイなのは仕方がないことだが、それだけがすべてではないだろう。そんなに引き出しは少なくないだろう。やけに深刻で、それがまた良いというのがありそうである。素晴らしい監督も沢山いるし、若い監督も頑張っているので邦画というくくりをするべきではないのかもしれないが、素晴らしい映画がミニシアター系など言われて分類されることに多少寂しさを感じる。
良い物を広めたいというのは、自ら感動した人すべてが思うことなのではないだろうか。例えそれが3%も通じなくとも。
[PR]
by masarumizushima | 2007-05-15 07:15

同一性障害

今日も極私的に、いつも以上におかしい内容を書くつもりなのでグロイのが苦手な人や「人のオナニーなんか見てられるかっ!」と思う人はここで止めて下さい。
面白ネタはありませんよ。最後まで読んでも良い事なんて期待しないで下さい。
今日の内容はグロイ事や気持ち悪いことにも触れるので恐がりな人や心臓の悪い人は本当に見ないで下さい!!!
じゃあ書くなってね。。。

元々は一つの記事をよんだことから始まった。

身体完全同一性障害

身体完全同一性障害(2)

僕は久しぶりにぞくぞくとした寒気を覚えた。
こんなに怖くなったのは久しぶりだ。
同一性障害といったら一般的に知られているのは性同一性障害や解離性同一性障害(多重人格)だ。


同一性障害ということだが、「同一性」に障害があるということで、ではその同一性とは何かというと下記のようなことである。


○同一性(どういつせい)とは、あるものがそれ自身ないしは他のものと等しくある性質をいう。前者を特に自己同一性という。同一性は哲学上重要な概念のひとつであり、同一性によって、あるものは存在ないし定在として把握される、あるいは定立される。
心理学や精神医学では人格の連続性、すなわち時や場所によらずに自分は自分であると確信できる連続した自我状態を指す。通常は1つの身体につき1つの同一性が矛盾しない状態で存在するが、これが損なわれる精神疾患に性同一性障害(身体の性と同一性が矛盾する疾患)や解離性同一性障害(1つの身体に複数の同一性が存在する疾患)などがある。


ちなみに性同一性障害と解離性同一性障害について少し詳しく述べるならばこうである。


○性同一性障害(せいどういつせいしょうがい; Gender Identity Disorder)とは、精神疾患の一つであり、精神的には身体的性別とは反対の性に属するとした方が自然であるような状態の事である。
性同一性障害

○解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)(解離性を主体とする精神疾患)は精神疾患の一つ。(特に幼児期に)性的虐待などの強い心的外傷から逃れようとした結果、自我の同一性が損なわれる疾患のことを指す。1人の人間に複数の人格状態(以下「人格」)が生じるため、以前は多重人格(障害)と呼ばれていた。
解離性同一性障害

さて、本題の身体完全同一性障害なのだが記事を読んでみてもらえたら分かるように「だるま」と呼ばれる人の事で、自分の体に手足があることに不完全さを感じ、手足がなくなることに完全さを感じるという人である。


だるまについて

だるま女

中国奥地の達者(こちらは見世物になるもの)

どちらも都市伝説なので何とも言えないがとても怖い話である。

ここから自分の話をさせてもらうが、形は違っても同一性障害とまではいかなくても、自己同一性に疑問がわくことはないだろうか。
例えば足が痺れた時、痺れているという感覚はあるがそれが自分の足だという感覚はないのではないか。
そこが麻痺した時、自分の体の一部のはずがとてもそうとは思えない感覚になることがある。
それが肥大すれば自分にそれがあることが不自然に思えることもあるのではないか。
僕らは鏡をいうものを見る。毎日見る人が多いだろうが、それによって自分自身を認識し、周りの人間を呼ばれている物と一緒だという感覚をいだく。しかし、鏡がなければ自分が一緒だと言える確証はない。自分で自分を触ってようやく周りの人と一緒だと思えるかもしれない。しかし、もしかしたら肌の色が違うかもしれない。本当には精巧なロボットかもしれない。しかしそれを確かめる手段がないとしたらどうだろう。今ままでの記憶が人に作られ埋め込まれた記憶だとしたら。そう考え始めるとキリがないが、確かなものなんてないのかもしれない。
だから体に不自然さを感じるということが、「不自然」だとは言い切れない。要は認識の問題なのだ。
その中で自分の性別に不自然さを感じたり、手足があることに不自然さを感じたりするのは精神疾患であるが、一般的に普通に暮している僕らと違う人間ではないのだ。同じ人間なのだ。
精神的に違うというだけで精神病だと言えばそうかもしれないが、僕ら現代を生きている人間はほとんどの人が何かしら精神的な問題を抱えているわけで、すべての人間が精神病患者とも言えるのではないだろうか。
不自然なことを自然だと思い込み、いわゆる「普通」という言葉で自然だと思い込む。それは常識とも言い換えることが出来、形ないものに形を与えようとし、形づけたと思い込む。または思い込まされる。
例を出すならば友人のインド人に言わせたら日本やフランスのような晩婚化というのは信じられないらしい。彼にとっては24くらいでも結婚が遅いそうだ。それは彼の常識で僕のように日本で生まれ育った人間にとっては24で晩婚というのに違和感を覚える。常識とはそんなものだ。特に島国で生まれ育ったからそういうことに驚きを覚えるというのもあるだろう。

普通・変、自然・不自然、常識・非常識。
認識の違いでこうも変わるものもない。
レオナルド・ダ・ヴィンチも人間を解剖してイタリアを追われたわけで、彼にとって絵を書くために人間の体を知り尽くそうというのは自然な努力であるし、周りから見たら人間の体を解剖したおかしい不自然な人にしか映らないのである。
人の脳みそこそ分からないものはない。直接見れたならば分かるだろうが、考えてることなんていうのは形には現れない不確かなものである。
昔、NHKで「メビウスの壷」というドラマがあった。
発達したヴァーチャルゲームの話で、脳に直接映像を送り別の世界に行くことが出来る。しかし途中からゲームの中なのか現実なのか分からなくなってくる。好きではないので一作目しか見てないがマトリックスもそうだった。
僕らが確かだと思っているものが不確かになる。

僕も実を言えば感覚が不確かになることがある。
目の前の対象がもの凄く大きいものに感じたり、もの凄く小さいもの感じたり、自分の体すべてがまるで自分の体ではなく、エイリアンのような「私」が「自分」の体を乗っ取っているような感覚。脳が体を乗っ取っている感覚。自分が自分でなくなる。確かなものがなくなる。それは夢でもないし、歪んだ現実だ。
夢か現実か分からなくなるということはないのに、こういう現実を認識出来ないということがごくたまにある。
僕はそれに疑問を持っている。毎日、積み重なって行く記憶だけが僕が僕だと納得させる。
これも一種、軽度の同一性障害なのだろうか。

不確かにならなくても、疑問を持つことはないだろうか。
自分は誰なのかという疑問は誰でもあるかと思う。なかったら僕だけだろうか。いや、そんなことはないだろう。自分が何処から来て、何者なのかという疑問は思春期や今でもあるだろう。。
原っぱで寝そべって空を見ている時、自分は自分の肉体を忘れ感覚の中に生き、空を見ているだけの自分という存在だけのものになれ、ふとした時に肉体の感覚が戻る。そして空を見ている存在から「私」に戻る。
他人との関わりの中で自分を再確認することがある。自分ではA型に近いB型だと思っていたが、周りからは自分勝手なB型の典型としか思われていなかった。自分がB型の典型と言われる理由に気付いたのもホンの最近の話だ。22年も生きてきてやっと自覚したのだ。まったくバカな話だが自分ほど分からないものはない。他人ならば自分の中でこういう人物だと決めつけることは容易い。人間には多面性があるが、それを踏まえたうえで或る程度こういう人物だというのは誰でも決めつけてしまうものではないだろうか。
自分の認識している自分ほどあやふやなものはなくて、他人が認識している自分ほど身勝手なものはない。どれが本当の自分かと言われたら、どれも本当の自分なのではないかと思う。他人が認識している自分のカケラ。自分が認識しているのも自分のカケラ。
自分というジグソーパズルを作り上げるには自分の持っているピースではとても足りないのだ。
僕は結局この不確かな自分と付き合い続けるしかないようだ。
こういうどこかヴァーチャル世界に生きている感覚というのは僕がゲーム脳だということなのだろうか。今ではメール脳もあるそうだが、こうやって病人にくくられるならば僕はとっくに精神病だろう。
日本では精神科に行ったら症状がヒドい一般社会に適合出来ないという見方もされるだろうが、ここフランスでは精神科が身近な存在だ。それは良い事だと思う。
それならば僕も「普通」の人間として生きられるというものだ。


少し長かったが、最初のリンクなどを読んでしまい気分が悪くなった人がいたらごめんなさい。
見るなと言われても見てしまうのが人の常。
それを知りながら書いてしまう僕は罪深い。
[PR]
by masarumizushima | 2006-08-09 07:38

花火の思い出

夏の風物詩といえば、すいかやそうめん、かき氷、など色々ありますがやはり夏といったら花火でしょう。
食べ物もいいけれど、物より思い出、お金では買えないものプライスレスですよ。
夏バテ気味の人はうなぎでも食って元気を出して下さい。
うなぎが食べれない人は、字が似てるので、うさぎでも食っちゃって下さい。

まぁそんな花火ですが実は7月8月は旧暦で秋なので俳句の季語は「秋」になるそうです。
なので今は秋になるようです。
いつの間にか僕の夏は終わってしまったみたいです。
「今年の夏は日本に行ってたな〜。」と過去形になって哀愁にひたらなければいけないみたい。
一つの季節が終わり、新しい季節がやってくる。

そんな秋の風物詩の花火ですが、新潟は花火がすごいらしいです。
長岡花火と片貝はよく聞いていたのですが全国的に有名だとは知らなんだ。
特に長岡花火は日本一の大花火を呼ばれているそうです。

僕は一度だけ行った事があります。
あの夏。
ひとときの思い出。
かえらぬ想い。

「きゃ〜!きれ〜い!すご〜い!」
「君の方が綺麗だよ☆」
なんて、歯医者に行って治ったばかりの歯がまた痛くなってしまうほどの歯がゆい言葉が飛び出してしまうくらい花火とはいいものですね。

花火とは一瞬で消えるから綺麗だとも言えるかもしれません。
はかない一瞬を輝かせるという意味では僕ら人間も少し長い花火のようなもので気付いたら一瞬で消えてしまう存在なのかもしれません。
しかし、花火の綺麗さは人の心に思い出という付加価値をつけて残り続ける。
人はまた次の花火を楽しみにする。
花火は「今」終わったが、永遠に終わるものではないのだ。

では、死を知らされなかった場合、他人の中ではその人は記憶と共に生き続ける。
その人の死を自覚した時に初めてその人は亡くなる。
その為にお葬式をするのかもしれない。
家族にとっては亡くなった人が日常からいなくなった時に初めて亡くなったんだという実感がわく。現実にそこにはいないのだから。
しかし、知らない場合は?どこか遠くにいるよ。と言われていたら?
小さな子供に「おかあさんは天国にいるよ。」と言い聞かせていた場合、子供の中でおかあさんは生き続ける。
本当に天国を信じられたら、また会えると思えるのかもしれない。
ただ遠くにいると。

では遠くにいる方の立場ならばどうだろう。
先月まで3ヶ月ほど日本に滞在していたのですが、家もない仕事もない人間がふらふらと漂うように生活して旅人のような気持ちで、次に思ったのが他人からしてみれば僕は死人と何も変わらないということ。
少し長いお盆のようなものに帰っていってしまったような。
旅人と言えば聞こえがいいが、僕は自分を死人にしか思えなかったのが事実。
それはとある出来事が原因なのだが、そこに存在してはいけないというような感覚だ。
つまらない感傷を抜きにただ花火のように思えればどんなに楽だろう。

外国人として生活している僕は、いつの間にかここをベースにしているようだ。
どんどん腰が重たくなっていくばかりだ。
シンディ・シャーマンの展示会を見てきたが、歳はとりたくないものである。

忘れていたが僕はまだまだ若い!
[PR]
by masarumizushima | 2006-07-30 05:34

ただいま夏

パリに戻って早半月がたちました。
相変わらず適応するのが早いのでのんびり(?)やっております。

ついでにネットもつながったのでほっとしてます。
このブログも読み返してみるとくだらない事ばかりなはずが、いつの間にか真面目なブログになっている。
どれほど気紛れなんだ?

さて気持ちも新たにやっていきましょう!

一年生
[PR]
by masarumizushima | 2006-07-11 02:49

上京

東京に戻ってまいりました。
なんだかんだ日本滞在もあと2週間ほどになってしまい、次はいつ帰ってくるのだろうと寂しさと孤独を感じています。
それより何よりビザが間に合うのかといのが問題ですが。

先日、新潟できき酒をしてまいりました。
創業210年の市島酒造。

蔵を見学してその後きき酒をしてきましたが市島酒造のお酒はクセがあってそれがたまらなく美味い。
今の時期限定で蔵出ししたばかりの「蔵」というお酒はフルーティーでいながらしっかりとした味でガツンときました。
飲み易くてヘビー。
一度お試しあれ。
[PR]
by masarumizushima | 2006-06-11 14:05

真面目な冗談日記


青春という名の一時は自分の中で決定される。なぜ「青春」という言葉に必要に執着するかというと自分がそれを求めているから。全力で走っている人は後ろを振り返らないものです。
どこまで行くか分からない人ほど遠くまで行ってしまうものです。彼はきっとものすごく遠くを見ている。地平線のずっと先まで。

現代の自分を含めた日本の若者から発せられる言葉の節々から伝わってくるものは「不安」です。道筋を失った国家は人々の道筋までわからなくさせてしまう。建て直すのにものすごく時間がかかる。新世紀が始まったばかりなはずなのに世紀末の不安がまだ後をひいている。それが少しなりとも変わってきていると感じるのは僕の希望的憶測なのか、それとも波は必ずあって良い方向に向かっているのか。
僕らには分からないけれど良い方向に向かっていると思いたい。それは僕の願いであります。

最近、流行る映画はどれも過去を懐かしむようで涙を誘います。賞賛したくはないけど泣いてしまいます。なぜ賞賛しないかというと僕がひねくれているのと、僕らは立ち止まって後ろを向いているべきではないと思うから。だって人の目は後ろにはついていない、いつだって前を見ているのだから。これはいわゆるポジティブな考えである。僕は根本的に悲観的な人間だけれども希望を持ちたい。未来を信じたい。

僕らは「個性」という幻想教育を植え付けられて育った世代です。バブル世代の反省を元に生きることとはどういうことかを問題視させられて育ちました。しかし、その答えも出ないまま、問題を問題としてどうするかという不安を背負って生きているのです。僕は思います。個性なんていうものは時代性や社会性や環境に左右されるものだけれどもあえて考える必要はないものではないかと。
こういう個性を売りにする職業を選んでいるものの僕は個性を売りにしているつもりもないし、売りにするつもりもない。ただ良いものを作りたいし、自分が感動したい。神の啓示を受けたいというのに近い感覚だと思う。その点、僕は降霊師に興味があるしシャーマン的なものにも興味があるというのもそこである。悪魔や魔術好きなのもそこである。だからUFOは好きではない。巡礼はしたけれど旅行は嫌いなのはそこにある。
話を元に戻すとそういった個性というものは必ずしも出てしまうものだと思う。それは僕だけの考えかもしれないが自分の好きなことをやっていたら必ずそれが出てしまうのが人間である。仕事が人を作るというが、その通りだと思う。自分を探すとかよく言うが自分を見るけるのは自分の足跡を見たときである。自分の顔は鏡を通してや他人を通してしか見れないものである。分からないものなのだ。そう思えない人もいるだろう。悩んでる人もいるし、戸惑ってる人もいるだろう。しかし、そういう時こそ行動するべきなのだ。動くべきなのだ。悩むなんて時間の無駄だ。僕が悩みからこそ、そう言える。行動しながら悩むべきだ。答えなんて簡単には見つからないのだ。
どうにかなる。まずは行動を起こせ。そう考える時点で僕は三島的なのかもしれない。太宰のような人間には嫌がられるのだろう。辛いと言われたらどうにも出来ない。ただ僕は強くなりたいと思ってしまうから。


いつものように箇条書き駄文日記を書いてしまいましたが、最近の日記は真面目だなと自分で笑いそうになってしまった。日本にいる影響だろうか。
人生は冗談かもしれない。ただ面白おかしく生きて死んでもいいかと思う。
生きるって辛いことの方が多いらしいが、だからこそ面白いのだろう。
あ~真面目だ。クソ真面目だ。「クソ」って好きではない単語をあえて使ってまで言いたいくらい真面目だ。真面目な自分に笑えてくる。
日常で真面目な自分なんてありえないから。
先日、江戸東京美術館で中学生に混ざって二度も警備員に怒られかけた。
その後、友人と初秋葉原&メイド喫茶。

バカなことは面白い。面白いことが世間ではバカだと思われる。バカだと思う人が一番バカなのかもしれない。
そんなわけで今日の締め。

「人生とは冗談である。」
[PR]
by masarumizushima | 2006-05-23 01:02

ネクロフィリアとフェティシズム

世の中には変態が多いものである。
僕もその一人であると自負しているわけですが、時代の英雄や有名人にも変態は多いわけである。
そもそもみんな変態な気がしますがそこらへんは僕の勝手なエゴで、自分は一人じゃないと思いたいがための思想に違いないので省略しましょう。

その数々の変態の中から今日は19世紀フランスで一番有名だった女優サラ・ベルナールを紹介しましょう。

まずはwikipediaからの引用。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt, 1844年10月22日 – 1923年3月26日)はフランスの舞台女優。

サラ・ベルナールはパリで生まれた。本名はアンリエット・ロジーヌ・ベルナール。"Youle."の名で知られたオランダのユダヤ人の売春婦Judith van Hardの、最年長の生き残った私生児であった。伝えられるところでは、彼の父親はフランス人弁護士のEdouard Bernardであったとのことである。彼女はフランスのカトリック修道院で教育を受けた。生活のため、彼女は女優の経歴と、売春婦の経歴を兼ね合わせた。(当時2つの職業は、大雑把に言って同程度に恥ずべき職業と見做されていた。)彼女は演劇の訓練のため、de Morny公爵の援助によりde Musique et Déclamation芸術学校へ入学した。

彼女の舞台経歴は1862年に、大部分は喜劇と道化芝居から始まった。彼女は1870年代にヨーロッパの舞台で名声を得ると、間もなく需要の多い全ヨーロッパとアメリカでも名声を得た。彼女は間もなく真面目な演劇の女優としての才能も現し、「聖なるサラ」との名を博した。恐らくは19世紀の最も有名な女優だったであろう。

サラ・ベルナールは主として舞台女優であったが、様々なプロダクションからいくつかのシリンダーやディスクによる録音を作った。最も初期の物の1つは、1880年代に行われた、ニューヨークのトーマス・エジソン宅を訪れた際のジャン・ラシーヌの『フェードル』からの朗読である。多才なことに、彼女は視覚的芸術にも熱中し、演劇のみならず絵画や、さらにはAntonio de La Gandaraのモデルとなったのみならず、自分自身の彫刻をも行った。彼女はまた、彼女の人生に亘った一連の本や戯曲を出版しようとした。

画像:Alphonse Mucha Medea.jpg
ミュシャによるポスター彼女の社交生活も同様に、絶え間なく活動的だった。彼女はベルギーの貴族であるリーニュ王子、Charles-Joseph-Eugene-Henriと恋愛関係を持った。彼との間には1864年に、彼女のただ1人の子である作家のモーリス・ベルナールが生まれた。(彼は後にポーランドの王女、Maria Jablonowska(1863-1914)と結婚した。)その後の愛人には数名の芸術家(ギュスターヴ・ドレ、ジョルジュ・クレラン)および俳優(Mounet-Sully、ルー・テリジェン)がいた。彼女は1882年にロンドンでギリシア生まれの俳優、Aristides Damala(aka Jacques Damala)と結婚した。その結婚は、法律上は1889年にDamalaが34歳で死去するまで持ちこたえたが、主として若い俳優のモルヒネ依存により、早々と崩壊した。

1885年にサラは、当時無名の挿絵画家だったアルフォンス・ミュシャにポスター製作を依頼する。年の瀬で主だった画家がクリスマス休暇をとっていたため、急遽ミュシャに白羽の矢が立ったという。ミュシャがこのとき作ったポスター「ジスモンダ」はパリ中で脚光を浴び、ミュシャがアール・ヌーヴォーの象徴として活躍するきっかけとなった。

サラ・ベルナールはまた、1900年の"Le Duel d'Hamlet"にハムレット役でデビューした、無声映画の女優のパイオニアの1人である。(技術的には、この映画には吹替えられたセリフが録音されたシリンダーが付随しており、無声映画ではない。)彼女は8本の活動写真と2本の伝記映画すべてに主演した。伝記映画の後者は、1912年の"Sarah Bernhardt à Belle-Isle"(自宅での彼女の毎日の生活に関する記録映画)を含んでいる。

サラ・ベルナールは1914年、レジオンドヌール勲章を授与された。

重傷を負った10年後の1915年、彼女は右脚を切断し、数ヶ月の間車椅子に座ったままだった。それでも彼女は、木製の義足を必要としたにも関わらず、仕事を続けた。彼女は息子のモーリスの腕の中で息を引き取った。彼女はフランスより国葬の礼を受け、パリのLe Père Lachaise墓地に埋葬された。彼女が豪華な棺の中で就寝したという逸話があるが、この棺は生前に手放し、彼女の埋葬には用いられなかった。

サラ・ベルナールは、バイン街1751のハリウッド名声の歩道に星型がある。

マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の中の架空の人物である女優La Bermaは、サラ・ベルナールから霊感を与えられた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



僕がこの中でも注目したいことが2点あります。

一つ目
「当時、女優と売春婦の2つの職業は、大雑把に言って同程度に恥ずべき職業と見做されていた。」

日本でも少し前までは金融会社のCMに出るということはイメージ低下につながるので金融関係のCMに出るタレントは少なかったものである。
売り出し中のタレントしか出ないものだった。そもそもサラ金なんだから当たり前の話である。
イメージの問題なのである。
風俗嬢と売春婦にもかなりのイメージの違いがある。
今の日本では売春婦という呼び方をされる人はいないと思うが結局は呼び方の違いにしかすぎないのだろう。
サラの生きていた時代は女優という職業が恥ずかしいものであったというのは時代と共にここまで変わるものなのだと改めて気づかされた。
日本であっても昔なら男が台所に立つことは女の側から恥ずかしいものであった。人前に立つことが恥ずかしいもの。
男も女房と並んで歩くことが恥ずかしかったのだ。
照れ屋というか何というか。
この頃は羞恥心というものがなくなってきているのだろうか。

フランスにてサラの少し後の時代ならばキキがいた。
フジタやマン・レイなど当時モンパルナスに集まった多く芸術家に好んでモデルにされた人がいた。
しかし彼女は売春はしなかったのだ。
そこも二人の違いとして面白い。
女性として表に立つ女性と元々派手なのに結局は画面の中で裏に落ち着く女性。
サラの方がより芸術家的だったのだろうと思う。

二つ目
「彼女が豪華な棺の中で就寝したという逸話があるが、この棺は生前に手放し、彼女の埋葬には用いられなかった。」

そんな彼女の趣味の中で面白いものがある。
彼女は葬式や屍体に関わるものが大好きで、部屋には1ダースあまりの頭蓋骨が飾ってあったのだという。
wikiから引用したように、棺おけなども好んで自分の部屋に置き、棺の中に入り人を驚かせていたようである。
僕が気になるのは彼女はなぜそのようなことをしたのかということである。
ただの趣味といったらそうなのだが、人から驚かれる趣味というものはそれなりの興味をひくことがあるのだ。
僕が推測するに彼女は生きている中で死を味わい、そして生きることの甘美な甘さにやられていたのではないかと思う。
やってはいけないととをやる楽しみのようなものだ。
逆行療法みたいなもので人は一つの方向からではバランスがとれなくなってしまうのだ。
時代が進み文明が発達し都会になればなるほど死は自分から離れていく。
死とはテレビの向こうでの出来事。周りの出来事。自分には関係ないとまでは思わないけれど、死の実感や怖さはない。生きている実感さえも。

僕も写真を撮るときにそういうのはたまにある。
体に走る緊張感が神経を敏感にさせ感覚がどんどん鋭くなっていく感じがするのだ。
一度、その甘さにやられたら人は戻れないのかもしれない。

タバコや酒と違い、麻薬のように自分の体を蝕んでいく。
そんな味のしみた人間に僕が魅力を感じるのは僕もまた甘美な麻薬に心底蝕まれているせいだろうか。
[PR]
by masarumizushima | 2006-05-10 12:40

現在に生きる

とても簡単な事。
今を生きるという事。

誰だって今を生きている。
今しか生きれない。
未来は予想で、過去は記憶にしかすぎない。
結局僕らが生きているのは今しかないのだ。

しかし、時間が長ければ長いほど記憶はそこらじゅうに散らばっている。
良い思い出も、悪い思い出も。
あの人との思い出も、あの子との思い出も。
たまに立ち止まる時、過去の想いや記憶が波のようにやってくる。
過ぎ去った時間は戻らない。
昔の思い出にひたる。
昔は良かったとか、あの頃はいい時代だっとか色々な想いがある。
ただ、ただ悲しい。
悲しい詩を謡う為に生まれた詩人なのかもしれない。
幸せな状況に落ち着かないように、失うことをとても怖いことのように思う。

今を一生懸命生きる事。
前を向く事。
歩き続ける事。
求めるだけではなく、与える事。

たまにやってくる波に人は負けそうになる。
期待されること、必要とされることの喜びを感じよう。
君は一人じゃない。
[PR]
by MASARUMIZUSHIMA | 2006-05-08 14:13

文字と言葉


by masarumizushima
プロフィールを見る
画像一覧