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直感と合理性

本日、逃げ恥の最終回でした。
ダンスが話題になっていましたが、内容が面白かったのでダンスまで話題になったのでしょう。中身が面白くなければここまで話題になってなかったように思います。

一言にまとめるならば、契約結婚した二人が実際に結婚するという内容です。
お見合い結婚の現代版のような感じです。
最初から結末が分かるストーリーは基本的に嫌いなのですが、こういう分かりやすい恋愛コメディというのは、
純粋にエンターテイメントとして楽しめます。登場人物が良い人ばかりというのも、こういうドラマの特徴でしょうか。すこし現実性を持たせておいて、物語のほとんどは理想的な夢物語です。
そこがとても良いのでしょう。

このドラマのキモとして、二人の関係のプロセスをいかにして築いていくかといことがあるかと思います。
僕は第一話で、ちょっと突拍子もないような設定にどのようにして視聴者を物語の中に引き込むのかという所が気になりました。ミクリが、突発的に契約結婚の話を出します。これはミクリが直感的にヒラマサのことが気に入ったのだと思います。人の直感というものは面白く、一目惚れ同士で結婚したカップルが圧倒的に離婚率が低いそうです。
その点で、直感的にこの二人はうまくいくと、視聴者にとっても分かりやすい展開がおとずれます。

すったもんだがありまして、最終回、二人の関係のプロセスを再構築することになります。
今までの関係から、次の関係に発展する時、この二人のように論理的思考で関係性を再構築します。最初の感情だけの期間を通り越し、例えるならば恋人から夫婦になる時のように、様々な過程を構築し直して関係性を作り出します。

人は直感(感情)を大切にするのだけど、実はそれだけでは上手くいかないということです。
その中で面白いのは、人は論理性や統計学的なものを持ち出すと感情は置き去りにされるということです。ここにこのドラマの非現実性というか、夢物語なところになります。二人がなんとか再構築しようとする過程も、現実であればミクリの心の整理が出来ずに、まずはミクリの心の整理をするために感情的な方法でミクリの心を楽にしなければいけないでしょう。論理的に思える思考の奥にも、感情を元に論理的に進めている”つもり”になっていることが多いと思います。つまらないことで起こるケンカの多くは、それ以前の感情に原因があります。その感情がどこから来たのか人は間違えてしまうのです。
そして、それを間違えないミクリというのは、現代における女神像であり、理想的な女性というわけです。
(僕にとっては理想的ではないですが。)

安定を求める現代において、この二人が理想的な男性であり、女性であると言えます。
少し前の理想的なカップルとして、ゆりちゃんと風見さんが登場します。

今の若者は正社員になりたくてもなれず、派遣やバイトの人が多いので、不安を抱えていきています。だからこそ安定型思考になっていて、僕ら世代を含めた若者世代にとって、ひらまさは真面目で仕事が出来て収入も高くて、浮気の気配もまったくない男であり、ミクリも真面目で頭が良くて家事も完璧にこなせるけど、ちょっとの仕事ならばキチンとこなせる社会性のある女性というのは、男女どちらから見ても理想的であると言えるのではないでしょうか。

ゆりちゃんは、男女雇用機会均等法以降で、男性に負けないように頑張って仕事をしたばかりに結婚するタイミングを逃しました。多くの女性は自分がガンバレば頑張るほど、それ以上のキャリアだったり能力だったり、自分がリスペクト出来る相手を選びますから、仕事を自分の居場所にしてしまった女性にとっては、自分以上の人となると自分よりも仕事が出来て収入の多い人じゃないといけないので、必然的に恋愛対象になる男性の数は少なくなります。ましてや美人となったら、自分より上の相手を求めようと思ったら本当に数が少なくなるように思います。
一般的に女性はそのくらい体面や世間体を気にする生き物だと思います。

それが現代の理想とされるミクリは、世間体を気にすることなくマイペースに自分の行き方を選んでいます。
バリバリのキャリアウーマンであるゆりちゃんとは違う強さを持っています。

ドラマを見始めた当初、ぼくの予想としては、ヒラマサに感情移入してヒラマサになりたいと思うかなと思いました。しかし現在はミクリになりたいと思っています。ある意味、神になりたいと言っているのと変わらない願望です。

ドラマにハマりすぎる不幸というのは、ドラマの中でのことどこか現実でも求めてしまうという所にある気がします。そんなことあり得ないと思っていても、どこか期待しているのが人間というものです。
現実性がないからこそ楽しめる夢物語を、現実に当て込むことなく、皆が現実を再構築する過程を楽しんで欲しい。そんなことを思いつつ、幸せな二人を見て楽しい気分で年末がおくれてそうです。
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by masarumizushima | 2016-12-21 09:20 | 日記

世界の終わりに向けて〜恋して死にたい〜

1999年4月、僕は高校生になった。
ノストラダムスの大予言を7月に控え、そんな予言が当たってたまるかと内心バカにしていた。
でもどこか頭の片隅から抜けず、世界が終わるとしたらどういう風にその時を迎えるか考えていた。

「世界最後の日に何をして過ごすか。」「世界最後の日に何を食べるか」
そんなことが話題に上がっていたりした。
誰も本気で世界の終わりを信じているわけではないが、なんとなく世界の終わりについて考えていた。

世紀末の不安というのは今ではすっかり影をひそめ、失われた10年どころか20年という話になっている。
一体何が終わり、何が始まり、何が失われたというのだろうか。

その何かが失われる前、高校生の僕にとってなんとなく好きだったドラマをyoutubeで見つけた。

to Heart 〜恋して死にたい〜


プロボクサーを目指す青年・時枝ユウジ(演・堂本剛)と彼に思いを寄せている少女・三浦透子(演・深田恭子)の純愛を片思いの切なさを通して二人の関係を絶妙に描いていく。

世界が終わる前に、恋して死にたいという分かりやすい青春恋愛ドラマである。
これが当時の僕にとって、とても面白いわけではないのに、時代的にしっくりくるドラマだった。
僕も学生が終わったら、こんなチャラい生活を送りたいと思わせるようなドラマだった。
ちなみに当時は深田恭子の良さが全くもって分からず、最近の深田恭子は綺麗になって色気も出てきたなと思い、丁度このドラマのことを思い出していた。

恋して死にたいという、死を連想させながらも生きることの良さを感じさせるのはどこかゴンドラの唄に通じる所がある。
命短し恋せよ乙女というフレーズに心あたりがある人は多いと思う。



1914年に始まった世界大戦の翌年にあたる1915年にゴンドラの唄は発表された。
黒澤明監督の「生きる」にも使われているので、大正の歌にしては有名である。
世界的な不安を前に、いかにして生きるのかというのは戦争であれノストラダムスであれ、深刻さは違うが似たような所があるのではないだろうか。


現在の方がより深刻な問題が浮かび上がっているような気がする。
大正時代と世紀末のなんとなくある不安の前提には、時代の変化によるどこか希望のようなものが見えていたように思える。
昭和になったばかりの昭和2年、芥川龍之介は「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」で自殺した。

なんとなくある不安。
なんとなくある希望。

先進国にとっては不景気な現在の状況はなんとなくではなく確実な不安であるが、発展途上国にとってはなんとなくある希望の状況である。

たまにはくだらない青春ドラマでも見て、なんとなく幸福な気分になるのも悪くない。
そんなことを思いつつ、流れた時の多さに驚いている。
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by masarumizushima | 2013-08-28 03:55 | 日記

10年目

季節は卒業の時期、日本では早めの桜が咲いたそうで、まもなく新学期が始まろうとしている今日。
9年前、冬時間が終った次の日、僕は初めての海外旅行でパリに来て、 今日でパリ生活10年目に突入する。

20歳だった僕は、何も知らず、何も知らないことが強みとなって前へ前へと進んでいた。いつも人より失敗して、数多くの失敗を重ねることでゆっくりながら歩んできた。失敗することの怖さも知らず、何でもやれば何とかなるという根拠のない自信を持って旅立った。
かつて考えた10年後の自分とは全然違う人生を歩んでいるし、かつての価値観でいえば上手くいってない人生かもしれないが、当時の僕が想像していた以上に人生の喜びも悲しみも知り、人生がより深いものになってきている。
人は環境によって影響を受け、考え方も行き方もいつの間にか以前とはまったく違っている。人は自分自信が変化していることを自覚することは稀で、変化することも自分で選んでいるようだが、人が選べるのは環境であって、自分を変化させることは思っている以上に難しい。
僕もパリに来てから、自分で思っていた以上にフランスやパリの影響を受けている。いつの間にか健康志向になり、食べることが人生の喜びになっているし、運動することも喜びの一つになっている。日本に居た頃は一つのことを極めることにしか目がいっていなかったが、現在では多様な中から優先順位を決めている。

年々、大切なものが増えてきて、それによって人生が複雑になっていっているのを肌で感じるし、この先それがどんどん重たくなっていくのは容易に想像がつく。失うことの恐ろしさも、実体験を通して味わってきている。
人は必ず死ぬものだと頭で分かっていながら、感情はそうはいかない。現実味のない状態では死は当たり前で、受け入れるしかないものなんだから割り切るしかないと思っていても、そう簡単に悲しみを取り払うことは出来ない。
現在では、多くの人は病院で生まれ、そして病院で亡くなっていく。人の生と死がより遠くなり、SNSによって知らされる死も現実から遠ざかっていく。亡くなったことを知らない人はいつまでも生きているように思ってしまう。いつか会おうと思っていた人にも、もう会うことが出来ない。その人を大切に想えば想うほど辛く悲しいわけで、大切に想える人がいたということはとても喜ばしいことだったように思う。だから悲しむことは悪くないし、悲しみをうちに秘めて生きる人生も悪くないように思う。
この数年でそのくらい人生が生々しいものになった。そして、どんどん複雑になっていく人生を内包しながら、同時にシンプルになっていくという一見矛盾した方向にもいっていることに気付く。何をしようと時間は止まることなく動きつづけ、人も少しずつ善悪問わずに変化していく。
これから先の未来にはきっと悲しいこともあるし、きっと楽しいこともある。明るい未来も暗い未来も存在し、そのどちらかを見て未来を悲観視したり楽観視しているわけだが、確実に言えることは割合の問題で、100%楽しい未来も100%暗い未来も存在しない。
悲しさを受け止めながら、その割合を少しでも変化させて明るい未来への一歩を出し続けることが、この先も人生にも必要なことだと感じている。

今までは出された答えにいかに誠実に努力していくかということが大事だったが、これからは自分が仮定した答えに対して開拓者にように一歩一歩を踏み出していかなければいけない。30代を迎えるにあたって、その一歩を出し続けることの重要さを身にしみて味わっている。

すべて分かった上で、譲れないものは譲れないと頑固に変人になる道もありだし、人の為になるようバランスよく人を喜ばせるような道もありだと思う。やっとスタートに立とうとしている感じがしているし、この先の道はいくらでも広がっている。

「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意思によるものである。気分というものは、正確に言えばいつも悪いものなのだ。だから、幸福とはすべて意思と自己克服によるものなのだ」
アラン

冬を死に例えるなら、春は再生である。
季節の春と共に、心もリフレッシュして初心を思い出し、踏み出す一歩をなるべく大きなものにしようと思う。
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by masarumizushima | 2013-03-26 09:00 | 日記

昔の恋

昨晩、テニスの帰りに深夜の静かになった街を自転車で走っていた。
パリをほとんど縦断するように家へ向かう。

夜のパリはとても美しい。
暗闇の中でオレンジ色に照らされた家々が輝いて見える。
古くからある街並に住んでいる息吹が感じられる。
そんな街を風になったような気持ちで自転車で走るのは本当に気持ちが良い。
セーヌ川沿いを走ると、街灯の光がまるで星空の中を進んでいるだ。

自転車で走りながらとても懐かしい道を見つけた。
僕の好きな映画で撮影に使われている通りで、頻繁にそこを通っているわけではないのに昨晩は急にその映画について思い出した。

その映画はBefore Sunset



主演のジュリー・デルピーの新しい映画が公開されたから思い出したのかもしれない。

大好きな映画なので内容に触れたくないのだけど、パリで9年振りに会った男女の話。
この映画が公開されたのは僕がパリに来た年で、映画のポスターが沢山貼ってあったのを今でも覚えている。
僕のパリ生活の始まりは、魔女の宅急便と、このBefore sunsetなのかもしれない。

そんな2004年から既に8年が経っている。
先程、久しぶりにこの映画を見なおしたのだが、映画の中で32歳の設定になっている二人に以前見た時よりももっと共感出来るところがあった。
良い作品は時間の経過によってまた違った見方や違った感動があるものである。
初めて見たときは32歳の二人がずっと大人に感じて、32歳なんてずっと先のことだと思っていた。前作の映画から実際に9年経ってから作られたという映画の時間の中に、僕もやっと入れたような気がした。

時間というのはいつの間にか過ぎてしまって、気付いたら莫大な時間が流れてしまっている。
先日、母が「ついこの間まで20歳だった気がする」と言っていた。
きっとそんなものなんだろう。

過去は近いようで遠い、遠いようで近い。
映画の中で、セリーヌは小説を読んだことで今の自分がドライで過去の自分が情熱的だったことを思い出してしまって悲しいというような台詞があった。

素晴らしい出来事は記憶の中で輝き続ける。
でもそれが現実に戻って来た時、美化された記憶には敵わない。
過去に囚われると現在を生きていくことは出来ない。
しかし、美しい過去には魅力がある。

前作で23歳だった二人のフレッシュな魅力は時間がたった今でも色褪せない。


字幕なし


2つの映画共に会話だけの映画。
シンプルで単純だが、だからこそ良い。
余計な音楽も、余計な演出もない。
だからこそ素晴らしい。

昨日、夜の街を走りながら、過ぎてしまった時間と積み重ねた時間を考えた。
いつの間にかこの土地にも慣れ親しんでしまった。

次はどこに行くかわからないが、僕にとってパリは永遠の恋人になることだろう。
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by masarumizushima | 2012-05-20 07:53 | 日記

都市と記憶

夜の高速道路を南仏の方からパリまでずっと走らせていくと、暗い夜空がオレンジの光で徐々に明るくなっていく。その光の中心がフランスの首都であるパリであり、ヨーロッパの中心だ。
光り輝く大都市に車が向かっていく途中で、この光は人々の光の集合体なのだと気付かされる。

パリに人が集まりだしたのは、そんなに古いことではない。
ゴシック建築が建設される頃に、大幅に人口が増加したのだ。その理由の一つは、それまでの農村でとれる作物が減り、狩猟できる動物も減ってきた為に仕事を求めていたからであった。

都市が形成されるにあたって、建物だけに目が囚われがちだが、都市というのは人の集合体である。個人から家族、家族から町、街から都市になり、そして国家へと形を大きくしていくが、人の集まりによって作られていることには変わりがない。
人というのは物質的な人というのももちろんなのだが、人の思想が街を形成しているのではないだろうか。
街を見れば人が分かるように、人々の考え方がそのまま街を作っている。

パリではナポレオン三世の時代に大きな都市改造があった。それによって道が広められ、治安は向上し、あれだけの土地に効率的に人が住めるようになったのだ。それまで、電灯もガス灯もない夜道では犯罪が横溢し、道の細さによって心理的にそれを一層悪化させていた。犯罪というのはいつの時代も場所や国を問わず、暗い所で頻繁に行われてしまうものらしい。
時代によって変化していく都市もそうだが、新しく作られてる街にも作られる時代の風潮や思想が出てくる。そういった意味で、その当時に莫大な人口を抱えながら、清潔さと活気を持ち合わせた江戸は都市の成功例の一つではないだろうか。
その点、同じ場所でも東京と呼んだ際には大きな違いがある。明治以降に作られた東京という思想の塊は、それまでの歴史を踏襲することなしに近代都市を作り上げた。その原因の一つが、文明開化もそうだが、それよりも東京大空襲ではないかと僕は思っている。

人の記憶は変化するものである。
5歳児の時の記憶は、その後に親に話されたことを勝手に映像化し創り上げた記憶映像であることも多い。おばちゃんの証言が裁判で信憑性が欠けるとされることも多いように、記憶は不確かで変化するものなのである。
歴史的な概念が存在するようになったのは実はここ百数年の話で、それまでは歴史という概念が今のような形になっていなかった。それまでの歴史も人間の記憶と同じように、曖昧で不確なものだったようである。

人がその不確かな記憶を蘇らせる要因はいくつかある。
よく言うように、香りがその当時の光景を思い出させてくれることもあるし、かつて見た風景を目前にして幼少時期の記憶が蘇ってくることがある。人の記憶を呼び起こす装置として存在する全ての現象は、触れた瞬間に科学反応を起こして僕らの脳に直接呼びかけてくる。

都市というのは建物の集合体というだけではなく、同時に人の記憶の集合体だ。都市が破壊されることは同時に記憶を失い、歴史も薄らいでいくことなのだ。現に広島出身の友人は、昔の話を聞いても、原爆以前の話が出てこないと言っている。原爆で破壊された街や、亡くなってしまった人と同時に、感覚的な歴史概念も同時に失ってしまったのだ。

マリー・ローランサンの詩の一節で、「死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です」というのがあるが、死んでも記憶には残るが、忘れられるというのは存在そのものがなくなったに等しいのだ。

古いものが壊され、どんどん新しい道路や建物が作られて変わりゆく都市を見ていると、便利な反面で記憶を呼び起こす装置としての街と記憶を同時に失うんではないかという懸念が生まれる。
誇りというのは歴史や文化から得てもいいのではないか。

久しぶりに日本に帰ってそんなことを考えていた。
ぼくらが生きている現在よりも長いスパンで時間を捉えて学ぶことは多いように思う。

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この文章は今度展示する作品を作る前に書いたもので、日本滞在時に電車の中でさらっと書いたものです。
今よりも随分と抽象的に考えていて、この時に考えていたのを寝かせて作品化しました。
形にするまでに何年もかかり思った以上に遠回りしました。

このシリーズでの都市の形成と記憶の問題や、前のシリーズでの人間の不在と実在の問題は、去年の震災以降は特に繊細な問題になっているのと同時にとても大切なことなのではないかと思わされています。
人が本来持っているもの、大切にしているもの、それを見失いかけているものがあるのではないでしょうか。
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by masarumizushima | 2012-04-24 06:53 | 日記

冬の匂い

すっかり寒い日が続くようになってきました。
とはいっても最高気温15度ほどで、8月後半にもこのような気温が続いていたかと思うと思ったよりも寒くなっていと思えるから不思議なものです。

今年は7年ぶりに日本で年末年始を迎えることになり、近年味気ない正月を過ごしてきたのでなんだか楽しみ。
それと同時に日本で迎えるクリスマスも7年ぶりということで多少戸惑いがある。

フランスではクリスマスは家族で一緒に過ごす日で、年越しを友達とすごす人が多い。
なのでクリスマスが終わるとどうも一年が終ったような気になってしまい、ちょっとも物悲しい気持ちになる。
僕はフランスに家族がいるわけではないので、同じような境遇の人と一緒にわいわいすごすことが多い。
しかし毎年かかさないのは、クリスマスイブの夜は教会のミサに出席すること。
クリスチャンでもない僕がクリスマスのミサだけは必ず参加する理由は、これが日本での初詣の感覚に似てるからかもしれない。
僕は日本に住んでいた頃は毎年二年参りに行ったのもあって、ミサでクリスマスを迎えるというのが二年参りに似たようなところがあって心がリフレッシュのだろう。

教会によってはミサが終った後にホットワインを配ってくれるところもある。
そのホットワインをいただきながら、夜のオレンジ色の街頭に照らされた石畳の上を歩きながら我が家に帰ると、心がほっと安らいでいることに気付かされる。

今年はそのクリスマスを日本で迎える。
フランスのクリスマスとはまた違った日本のクリスマスを味わいながら、我何を思うのだろうか。
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by masarumizushima | 2011-10-20 08:34 | 日記

回帰


ミステリー小説の謎解きのように記憶が甦ることがある。
それは記憶が甦るのと同時に、現在の認識不足とそもそもの記憶の欠如からくるものもある。

朝7時20分
いつも目覚ましをかけている10分前に目が覚める。
普段から出掛ける数分前まで二度寝三度寝を繰り返すことが当たり前な僕にはまず有り得ないこと。
なぜかぱっちりと目が覚めてしまった僕は、レポートのチェックを始める。

そして簡単な食事を済ませてから、銀行に行ったり、経理のことを済ませたり、溜まりすぎた洗濯物を片付けたりする。
それらの雑務だけでかなりの時間をとられてしまい、気付いた時には家を出なければいけない時間になっていた。

そこでまず記憶の欠如。
そそくさと出掛ける準備をしながら、朝から数時間自分は一体何をしていたのだと、自分をいじめる。明らかに雑務に追われていた。ぼ〜っとしてたわけでもない。
僕の感覚としては、時間がすっぽりと奪われてしまったような感覚だ。
無駄な自己嫌悪に陥ってしまった。

今日は昨日と同じで天気が良かった。
昨日はただ天気が良かっただけで楽しくて仕方なく、一人で勝手にモチベーションが上がるような感じであった。
しかし今日はまったく良い気分ではない。
かといって嫌な気分というわけでもない。
なんとなく不思議な気持ちを抱えながら出掛けた。


午後2時。
テンションを上げて頑張らなければいけない時に、突然、今朝見た夢を思い出す。
それも3つ同時に。

一つ目。
僕の目にメガネが合わなくなってくる。
だんだんと視力が悪くなってきて、僕の目は世の中を抽象的にしか見ることが出来なくなってしまう。
左右の視力が違うことから、どんどん気分も悪くなる。
もう二度と写真を撮ることは出来ない。
しかし感傷的な気持ちは記憶にない。
僕の中で芸術の終わりをただ冷静に受け取るのみだった。


二つ目。
恋人(みたことない顔)に好きな男が出来て、どうやって落とせばいいか相談される。
彼女の中で僕と付き合っていないことになっていたのか、付き合っていたことを忘れたのか、そもそも付き合うって何なのか分からない人なのか、そのへんのことは良く分からない。
ただ分かったのは、僕と彼女は恋人同士ではないということ。
これも感傷的な気持ちが記憶にない。
心変わりしない女性なんてこの世にいないという前提が夢の中ではあった。


三つ目。
僕は田舎にいた。
ただそれだけ。
緑の美しい山々と、緑に輝く稲穂が目の前の世界を占めていた。
季節は春から初夏という所だろうか。
僕の地元のようで地元じゃない、記憶の中にある原風景のようなもの。
その風景が僕の記憶の中でしか存在しないものだと夢の中でも気付いていた。
夢の中での夢。
そこに人間は誰一人として現れては来なかった。



その時点で、なぜ早起きしたのか思い出せた。
僕は悪夢を無感情的に見てしまい、夢を見ていられなくなったのだ。
なぜそこに感情がからんでこないのかが気になるポイントでもあるのだが、その時に何となく気分が冴えなかったのは夢をまだ引きずっていたからかもしれない。


午後6時。
一日を通して、どうも考え方が多少ネガティブな方向にいく。
夢のせいもあるが、それだけで一日引きずるわけはない。
その時にふと気付いた。
昨晩、作業をしていたせいで寝たのが4時すぎ。
そしてなぜかなかなか寝付けなかった。
今朝、多分夢のせいで早起きしてしまったので、睡眠時間は結局3時間ほど。
ようやく自分が睡眠不足で疲れているから多少ネガティブで感傷的になっていたということに気付いたのだ。

何てことはないのだ。ただ現在を生きればいい。
ただそれだけのことも、忘れてしまった過去に縛られてしまっていた。
それに気付いた瞬間、ついつい笑ってしまった。
そして多少元気になった。

結局出来事としては大したことはなかったのに、何だか精神的に一人で色々あった一日だった。
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by masarumizushima | 2009-02-13 06:00 | 日記

星に導かれて


友人の女性が二人で巡礼の旅に出ることになりました。
行きたくてもなかなか休みが取れず行く事が出来ないという人が多い中で、このチャンスに巡り会えたということは素晴らしい事だ。

僕に出来る限りのアドバイスなどはするが、結局の所歩くのは本人。
例え友人と歩いた所で同じで結局自分で歩くしかない。
自分の足で一歩一歩進んで行くしかない。
その明らかに辛いけれど、しかし何かあるだろうと思い希望に満ちた目で進みゆく人の目には魅せられるものがある。
例え巡礼ではなくても人生において同じように生きている人に対して尊敬の念をいだかずにはいられない。

人は大昔から星に魅せられている。
空の星を見て多くの事を想像したに違いない。
その星に導かれた先に一体何があるのか。
キリスト教の三大巡礼地のうちの一つで「人生が変わる旅」と言われているが、一体何が変わるのかというのは誰にも予測は出来ない。
しかし、僕は変わった。
静かに、そして確実に。

僕もまだ歩いていないフランスルートを歩くという友人を前にして僕も共に歩きたいという衝動にかられている。
しかし、僕には今やらなければいけない事があり、それは巡礼で毎日歩くのと同じ事のように思うので行く事は出来ない。

星に導かれて。
彼女らの行く先で、星が輝いていますように。



ちなみにゴール地点はサンティアゴデコンポステーラ。
聖ヤコブが眠っているとされている所です。
羊飼いが星に導かれて聖ヤコブが埋葬された所と発見したそうです。
道中には普段なかなか行く事のできないロマネスク教会が多数あります。
何百年も数多くの人が歩いてきた道を自分も歩き、歴史の一歩に自分も加われているのだと思うと一歩一歩がとても重たく感じてきます。

なんだかんだ行って、やっぱり歩きたいみたいです。
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by masarumizushima | 2007-04-05 04:38 | 日記

後悔という事


あの時あれをすれば良かったなどと後悔する事がある。
後悔など滅多にするものではないが、たまにあの頃にこれを知っていれば自分にとってどれだけ糧となかったと思う事がある。
その都度、誰かに勧められているのに若さからか我侭なのか自分の好きなことしかやってこなかったとこに今更ながらバカだったんだと思ってしまう。

例えば、英語の先生が嫌いだったから話なんて聞きたくなかったとか。テストなんてテスト前の5分だけ適当に目を通せば赤点なんて取りようがないと向上心の欠片もなかった事など思い出してみればキリがない。その時の自分の性格からしたらしょうがなかったのだろうけども、もし、それが可能だったらと夢見てしまうことがある。

もちろん、幼い頃の悩みなんて今からしたらどうでもいい問題だし、当時の自分からしたら重要な問題だったりする。しかし、将来に希望を持ち、尊敬出来る人に勧められていたら話は別だったかもしれない。そういう人に出会う事が出来なかった運の悪さも自分の傲慢さもしょうがないのだけど、怒りを感じる。感情論でしか物事を考えていなかった自分の愚かさに今になって気付いている。もちろんそれなりに良かった事も沢山あるし、それで学べた事も沢山ある。だから否定しているわけではなくて、もう少し幅広く物事を見れていたらと思ってしまうのだ。

写真を学ぶために東京に行くと決めて、東京にいく数ヶ月前に親戚の人に「世界を見ろ」と言われた。当時、東京に行く事しか頭になかった僕にとってはそれはそれは衝撃的な一言であった。それまでそんな事は考えたことすらなかったからだ。カナダ人にもオーストラリア人にもロシア人にも会った事があったのにもかかわらず、外人と言えばなぜかアメリカ人の事で、金髪で英語だと思うほどの田舎者だった。世界には色々な国があるのも分かっていたし、地理は得意だったので国名も首都もよく頭では分かっているのだが、感覚的に分かっていなかったという事だと思う。それが気付いてみればその言葉を言われてから約二年後にはパリに来てしまったから笑える話である。

人にはそういった「キッカケ」というものがあるのだろう。キッカケという引き金を引く前に準備をしている事は確かで、キッカケというものはただのキッカケに過ぎない。種も蒔かずに収穫は出来ない。そのキッカケを問題にしてしまうことも多々あるが、相談事と一緒で相談する時には自分の中では答えが出てしまっている事と同じようなものだろう。

いつものようにここまでは前フリなのですが、ここまで思ってしまう本に出会った。なぜ、これを今まで手にしなかったのだろうか。出会いは学生時代にもあったし、その後も出会うチャンスはいくらでもあったのにも関わらず今まで読む事ができなかった。逆に今だからこそ頭に入ってくるということもあるのだろうけれど、少し悔しいのである。
その本は「明るい部屋」著ロラン・バルト。
まだ読んだ事なかったのかとバカにされてしまうだろう。写真論で一番有名で写真を勉強する人はまずこの本を読むと言っては過言ではない本である。僕も学生時代に「明るい部屋」と「写真論」著スーザンソンタグと「複製技術時代における芸術作品」著ベンヤミンは読めと言われたものである。しかし学生時代はバカだったせいもあり『好き嫌い』でも物事を判断することが出来なかったのもあってそんな何とか論など博物館にある『死んだ物』でしかないと思っていたフシもあり興味のかけらすらも持てなかったのである。ましてや世界的に有名な写真論の本である。固くて重くてどうでも良い事しか書いてないのではないかと勝手に思っていたのである。バルトがどんな人かも調べもせずである。まったく馬鹿げた話なのだが当時の僕はそう思っていたのだからしょうがないものである。
僕が「明るい部屋」を読む前の下地として、バルトの本はいくつか読んだし、ベンヤミンの本も偶然ながら読んだ。ベンヤミンの本に関しては他に読みたい物があって、そのおまけ程度で読んだ。そこから初めて写真論というものに興味を持ち出したのである。学生時代に○沢さんの写真論を読んだ時は面白いながらもどこか死臭が漂っていて、写真論なんていうものはこんなもので、こんなものなら読む必要はないなどと思ってしまった。今、改めて読み直したら昔よりもずっと面白いと感じるかもしれない。
昔から行動してからじゃないと頭に入ってこないのは、引き出しを沢山持っていざ行動する時にそれを生かせる頭の良い人から見たらとても頭の悪い事なんだと自分でもハッキリと感じている。それをつくづく痛感したのである。
未だ読んだ事がない人はぜひ読んでみて下さい。
バルトの本は私的な感情論なのですが、私的な感情論を論理的に言っている所が僕はとても好きである。
だからこそ情けない。バルトの「エッフェル塔」が面白いとか言う前に写真論を読んどけよと(笑)
評論家でもないし、評論家になりたいと思う事もないけれど、写真を始めたばかりの頃の可能性を自ら否定するような行為というのはバカバカしくて仕方がない。初心が全てではないが、たまに初心を思い出すというのは精神的に良いこともある。もちろん安易に楽しい事が良いと言いたいわけでないし、本当に面白い事というのはとても大変も付きまとうのは仕方がないのだが、あの時の喜びと根拠のない自信というのは相対的にしか物事を考える事が出来ない者によって打ち砕かれるものではないのである。

この本を読んでまた写真が好きになった気がする。
ここ最近いつのまにか好きという感情を忘れていたのかもしれない。
以前「明るい部屋」は古典だと笑われた事もあったのだが、まずは古典から始めてみましょう。少しずつ。

珍しく後悔などというものをしてみた。
今まで後悔するという事を、現在を肯定的に見る事が出来ない愚かな行為だと思っていた部分も少なからずあるが、後悔とは肯定的にもとれる言葉であると今になって初めて気付いた。言葉とは面白いものである。
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by masarumizushima | 2007-03-14 09:10 | 日記

夢の続き


先日こんな夢を見ました。

僕は郊外にある洋館に入る。
そこはとても不気味でドラキュラが住んでいてもおかしくないような家だった。
その洋館が何なのか分からないが、入ってしまったので進んでいくと、僕は幽霊なのか化け物なのか人間なのか何なのか分からない館の主に突然鎌で首を切られる。
血が噴き出し、息もできずに苦しみ、痛くて意識が朦朧とする中でこれが死なのかと実感する。そして目のは白いモヤがかかってきて、そのまま白い世界に旅立つ。そう、それが死だった。
するとなぜか次の瞬間、僕はまた館の入り口に立っている。館に入った時の状態に逆戻り。
出ようとしても出口は閉まったままでどこからも出ることは出来ない。館の出口を探しているうちに僕はまた殺される。
死ぬとまた館の入り口に立っている。
そしてまた殺される。それを何度も繰り返す。
精神は疲れはて、時間がたてば絶対的に訪れる死という終わらない恐怖と死ぬ時の苦痛を何度も味わいながらも僕は少しずつ謎を解いて行く。
何度死んだか分からなくなった頃に、死神のような洋館の主に追いかけられながらもやっと地下室で出口の鍵を見つけ、一緒にいた女性(なぜか突然登場)と共に館を抜け出し赤いスポーツカーで夜の街を走り出す。
これでやっと解放されたと安心した時、何か後ろにいると感じて振り向くと奴がいる。その瞬間、奴は僕に襲いかかり、車は爆発してしまう。


そこで目が覚めた。
それが数日前の夢である。

夢占いで占った結果はとても良いのだが、そんなものでは納得いかない恐怖である。
寝る時に、今の現実が夢だったのではないかと思ってしまったりする。
また死を繰り返し体験しなければいけないのではないか。
起きた時、あの夢の続きではないかと思ってしまう。

夢ながら何度も死ぬなんていうのは精神的に良くないのではないだろうか。
夢というのは人間の精神のバランスを整える為にあるようであるが、それにしてはちょっと過激すぎる。
それほど僕の精神がおかしくなっていたのかもしれないのでしょうが、だからといって納得は出来ないものである。

まぁしかし、そんな感情的な話はおいておいて話を進めていこう。
この夢の中で僕は一晩の間に殺され、その一晩を延々と繰り返していく。
その一晩の幻を人生に置き換えるとすならば、僕らは一生というものを繰り返しているのかもしれない。
必ずやってくる「死」と「誕生」
僕の夢と大きく違う点としては、僕は死ぬ前の記憶があるという点である。
だからこそ、死ぬ事が分かっているから謎を解こうとするし、死に恐怖するのである。
しかし誰もがそうだと思うが死を体験したことなどないので死に恐怖することはないのである。体験出来るとするなら九死に一生を得た体験くらいのものであろう。

誰かが言っていたのだが、「人は毎日同じ事を繰り返しているだけだ。」と。
確かにその通りかもしれない。
毎朝起きて、仕事をしたり学校に行ったりして、昼飯を食べ、夕飯を食べ、寝る。
たまに別の事もするがサイクルに入ってしまえば同じようなものである。
それに対して悲観的に思うつもりはない。人は習慣化すると楽になる。それは僕の経験でそう思うのである。
例えば、僕は目的もなく行動するのが苦手である。
散歩も「どこまで行く」と決めないと行けないくらい苦手なのである。
それなのだが、一時毎日走る事にした。
結局四ヶ月ほど経ってから痩せるのが嫌で止めたのだが、その四ヶ月間走るのが好きだったことはない。楽しいと感じたこともないかもしれない。
ただ習慣にしただけである。

習慣にすれば出来る事というのは他にも沢山ある。
僕が洗い物が出来ないのも、食後すぐに洗うという習慣がないという情けないことなのだ。
ある年上の女性に「それは洗いなさい」とアッサリと言われたのだが、正にその通りである。

人は生きることを習慣にしている。
そんな事は当たり前なのだが、当たり前の事を当然のようにするというのは難しいものである。
戦争や、昨今の自殺率の上昇など、障害は数多い。
寿命というのはどんどん伸びていて、生きるなんて簡単だと言う人も多いかもしれないが、繰り返し一生を何度も生きているとした場合、僕らは言葉の通り『生き生き』と生きなければならない。それこそが本当に生きているということではないだろうか。
それは当然であるし、必然である。

生きているからこそ「死」を考え、問題にする。
死を美化するわけではないが、死の美化というのは生きることの美化と同意義であると言えるのではないだろうか。
美しく生きていないと死は醜くなってしまう。
美しく生きていたからこそ死まで美しくなる。
終わりよければすべて良しと言うが、報われた努力というのは、報われる以前から良いものであるし、当然行わなければいけないことなのだと僕は思うのである。

生きるのは大変だし、辛い。
しかし強く生きなければいけない義務があるのではないだろうか。
強く生きる事を放棄した時、人は醜く歪んでいくのではないだろうか。
当たり前のように強く生きる人々こそ美しい。

「美しい」を連呼してしまいましたが、綺麗な事ではなく美しいということは僕にとってはとても重要で素晴らしいことだと思う。
綺麗の価値観は時代や感情でも変わるものだが、美しいと感じることは普遍ではないだろうか。
変わらないから良い、すべての人の共通するから良いというわけではないけれど、心が満たされる事や喜び幸せに感じるというのは生きる上で必須ではないかと思われる。
それを求めずして生きる事など僕は不可能なのではないかと思う。


最初に書いた夢を見ている間、僕はあまりの恐怖に何度か起きてしまった。
しかし夢は起きる前の続きから始まり、終わることがなかった。

一夜の夢の続きに僕はまだ生きている。
無事に洋館から脱出することが出来るのだろうか。

僕自身は脱出することを願ってやまない。
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by masarumizushima | 2007-03-13 09:12 | 日記

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