秦氏 グランプリ!!!

11月28日、公開審査会において、秦氏がグランプリを受賞しました。

詳しくは下記から

キヤノン、「写真新世紀2008」グランプリを決定


僕も先ほど知ったのですが、喜ばしいことです。

今後、大阪、名古屋、福岡を回るそうなので、お近くの人は足を運んでみて下さい。

キヤノン:写真新世紀|スケジュール
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# by masarumizushima | 2008-12-18 07:42 | NEWS

告知: 秦雅則

ご無沙汰しています。

あまりに記事を書かなさすぎて、二度と書かないんじゃないかと思っていた人も多いのではないでしょうか。
今日は僕のHPで広告が表示されなくなって、ちゃんと写真が見れるということ以外に大切な告知があります。

写真学生時代の同期でもある秦雅則くんが写真新世紀で優秀賞を受賞致しました。

丁度一ヶ月後から展示会が始まります。
今日から一ヶ月以内にこのblogを見れなかった人は、東京以外で開催される展示会に足を運んで下さい。


「写真新世紀 東京展 2008」

日 時 : 2008年11月8日(土)〜11月30日(日)10:00〜18:00
(木・金曜日は20:00まで、毎週月曜日休館)

会 場 : 東京都写真美術館 地下1F展示室
東京都目黒区三田1-13-3(恵比寿ガーデンプレイス内) TEL 03-3280-0099

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グランプリ選出公開審査会 実施概要

日時 :2008年11月28日(金)15:30〜
会場 :東京都写真美術館 1F ホール


写真新世紀とは、多分日本で一番大きな公募展で、受賞者からは数々の有名人が出ています。


ここからはちょっと秦君の作品について僕なりの見解を簡単に書いていこうかと思います。

僕が学校で最初に話した人物は同じクラスになった秦くんで、その後最後のゼミでも一緒でした。
僕自身、彼の影響というのは結構大きかったと思っています。
比べることは出来ませんが、僕が一番心を許していたのも彼だったような気がしています。

彼は写真学校一年目で、写真が嫌いと言っていたような変わった人物で、現像時間が早くなるからと連続撹拌していた男です。
それも我が家で僕に準備をさせて現像をしていた気がしますが、そこらへんの特殊性というのは彼が写真学校に入る以前からの影響がとても大きいと思われます。

それというのは彼は元々油絵をやっており、一線展にも受賞したことがあります。
写真という表現によって表現出来るものを求めていたわけではなく、表現したいことを表現出来る手法を探していたのではないかと僕は思っています。
写真というのはフィルムに光を当てて銀を酸化させ、プリントする時にもう一度同じことをやって、フィルムの光の当たってない部分を光が通過して印画紙に画像を焼き付けます。
photographyというのは「光のデッサン」という意味ですが、光によって紙に画像を固定させるわけです。

しかし、彼の作品というのは絵の具などを使っていることから分かるように、写真というものに何かを乗せていきます。
それは光のデッサンとはまったく違った思考で作られています。
光を求めるのではなく、絵の具を混ぜていくと黒に近くなっていくように、闇を求めています。
それはゴシック建築が空へ空へと太陽と光の方へ向かっていくのとはまったく逆で、地へ地へと潜っていくことです。
その思考は古来から日本の伝統芸能で見られる思考であります。
写真という西洋で生まれて発展したものに、彼は東洋的な思考を取り入れているのです。

彼の受賞が写真新世紀という写真の賞であることが皮肉であるような気すらしますが、
写真を材料にしているという意味では写真の範疇なのでしょう。
彼の作品は一つたりとも写真の思考ではなく、日本における美術とは別に存在する「写真」というジャンルには当てはまりません。
ましてや「アート写真」などという日本にしかないものの範疇にも収まらないことでしょう。
それは一言で言おうとするならば、美術であり、芸術であるわけです。

現代日本において、谷崎潤一郎が言う「便器文化」が浸透し、人々がそれを求めている。
その中で、彼の作品から感じる昭和臭さというか古くささというのは便器文化に対する反逆であり、人間の「生」を真っ向から見つめてぶつかり合っている証拠である。
それは彼の作品一枚一枚から見ても分かるけれど、精力的に作られた物量を見たら明らかである。
僕には決して真似することの出来ない作品である。


彼は同じく同期の小野寺南くん等と東京都内で自主ギャラリー「明るい部屋」を運営する予定でいます。
小野寺くんも精力的に作家活動を続けている有望な作家です。
ギャラリーの新情報が入り次第また告知します。

気になって仕方のない人はギャラリーのHPをこまめにチェックして下さい。

明るい部屋
http://akaruiheya.info/


僕は展示会に行くことは出来ませんが、新人発掘の公募展というのは美術館で行われる著名人の展示会とは全く違う面白さがある。
作品を買うというのはその芸術家の人生の一部を共有することでもあり、共に生きることでもある。
既に死んでいる大物の作品を見ることはもちろん素晴らしいのですが、こうやってこれから世に出て行く作家を見続けるというのは自分が育てているつもりになって楽しめる。
この写真新世紀の展示会で、何かあなたの心の止まった作品に出会えることを祈りつつ、今日はこのへんで終わろうと思う。

それではまた。
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# by masarumizushima | 2008-10-09 05:45 | NEWS

工事中


現在ホームページを工事中につき、広告などでとても見れた状態ではなっています。
ご了承下さい。

写真も見れない状態ですが、考えてみれば何年も前の写真なので、少々お待ち下さい。
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# by masarumizushima | 2008-03-31 04:11 | NEWS

光の色と街の色


パリの街頭はオレンジ色が多い。
古い街頭が残っている地域はまるでタイムスリップしたかのように優しい光で僕たちを包んでくれる。

そのパリに初めてガス灯が点灯したのは第二帝政期。ちょうどボードレールがいた時代である。それまで夜は暗く闇によって閉ざされていた世界が言葉の通り光を浴びて輝き出し、闇に乗じて行われる犯罪から多少は解放され夜の散歩が流行し出した。
パリの都市が皇帝のナポレオン三世と市長のオスマンによって改造され現在のパリの形に整備されたのもこの第二帝政期。その前までパリンの中心に位置するシテ島は貧困層の溜まり場だったらしい。
夜中に散歩中にこの街頭を見ると自分自身が第二帝政期のパリにいるような気分になる。電球がガス灯に変わり、車は目線から消える。残る石造りの建物とオレンジ色の光はボードレールが詩を書いていた情景を身近なものしてくれる。
印象派が生まれたのは第二帝政期の直後、この時代に近代魔術を代表するエリファス・レヴィが生まれ魔術を復興させ後の印象派に代表される芸術家に多くの影響を与えているのではないかと僕は思っている。少なくともボードレールやランボーなどの詩人や作家はその神秘的世界の影響を受けている。それは街頭がなかった時代の名残なのかもしれない。

日本は基本的に蛍光灯。
それだけで大きく違うのだけど、僕は蛍光灯のような色も好きなのかもしれないとこの頃になって思う。正確には蛍光灯に入っているグリーンは嫌い。
この蛍光灯は現代を象徴する光な気がする。
陰をなくすように光は乱反射しながら僕を包む。浮かび出されるイメージはその場所から隔離され混合される事は無い。物体は物体としてそこにあり、情緒を超越した所にその物体を運ぶ。それも時が経ち哀愁をおびて情緒的に変化しはじめる。
新しい物を吸収し混沌としながらも存在する左翼的発想が基本の日本という国は面白い。
蛍光灯というよりもあの色が好きなのかもしれない。
光に色があると思っていなかった頃、何も考える事なく光の色は蛍光灯の色だった。白熱電球は妙に古くさくて貧乏臭いと感じていた。
時代は蛍光灯で未来は蛍光灯によって存在した。

街を彩る多色のネオンはこれからやってくる新時代的で未来的な印象を今になっても僕らに与えてくれる。その過去においての未来のイメージそのものもまとめて過去のものとして捉える事が出来るが、その無機質で何の暖かみもなく物事と関わろうとする便器文化の象徴の一つがこの蛍光灯である。
その無機質で無感情的な所が僕は好きである。
無機質の存在は有機物をその場から浮き彫りにする。夜の公園では遊具が怪しく光り輝き、土や動物や人を滑稽な存在にする。



そもそも人工的な光によって街を照らすということは自然な事ではない。しかしそこに存在していることは自然な事。そこに人間の息吹を与えるということは光という人工物での自然に対する着色なのではないだろうか。




光の着色でまず思いつくのがアミアンの大聖堂の光のインスタレーション。
この写真で色がついている部分はすべて光によって着色されていて、普段の色は白。
このインスタレーションを見てからというもの僕の大聖堂を見る目が変わり、今まで以上に生々しく見れたというのは言うまでもない。



蛍光灯を使った芸術家といえばDan Flavinが出てくるのではないだろうか。アメリカ人の彼の作品を見る事が出来たのは去年の回覧展が最初だったのだが、素晴らしかった。


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Dan Flavinの展示会。
写真も見れます。


先週の土曜あたりからパリは今更になってやっと天気が良くなってきている。それでも夏という気はしなく、秋の始まりのような気がしてならないのだが、それでも街行く人の表情は明るみを含み、気持ち足取りが軽やかになっているような気がする。
特に土曜の夜などはサタデーナイトフィーバーだった。映画のような退廃的な匂いはもちろんないけど、はしゃいでいる若者が印象的であった。
話の中に出て来たノートルダム大聖堂を土曜の夜に作品撮りのついでに撮ってみたのだが、白熱電球と蛍光灯と久しぶりの太陽にはしゃいでしまった若者の姿が写っている。

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雨乞いが成功した原住民もこんな感じなのだろうか。
この写真を見てもわかるように蛍光灯はグリーンになり、白熱電球はオレンジになる。


夜中に高速で街に近づくと街が光輝いているということに感動する。日本でもきっとそう思うのだろうが、フランスの高速が暗いので余計にそう思うのだろうと思う。
パンドラの箱に最後に残った希望は光であったように、光というのは人の心を強くひきつけるのかもしれない。天使が降りてくるのは光の下で、死者が天に昇るのも光の中である。歴史上存在する多くの聖人は光に包まれている。
そんな光をオーラと呼びテレビに出て人気を集めている人もいるようだが、占いの域を超えないように思う。占いというと呪術的になるので今日の話題から外れるのでやめておくが、光は善で闇は悪だというイメージが存在するのは確かなことだろう。
光は心を奪い無心にさせ苦痛を取り除くが、闇は人の心を捉え想像させる事によって人生の辛さを思い出させる。
その光に色があるというのは光を気にしない人には驚く事かもしれない。強い光は全て白になるが、弱くなると色が見えてくる。夕焼けが赤くなったり、日暮れすぐに光が残っている状態が青いのを想像してもらえばわかりやすいかと思う。

光が希望ならば、その希望は決して一つではない。
太陽がなければ日光は存在しないが夜空の星は輝いている。
その希望をつないだ形が星座であるとしたら、闇にのみ想像があるのではなく希望にも創造的な部分がいくらでも存在すると言えるのではないだろうか。
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# by masarumizushima | 2007-08-28 06:56 | 写真

オヤジギャグの必要性

この頃、オヤジギャグを言ってしまうことが多い。
オヤジギャグというのは寒いだけで無意味な気もするのだが、本人にとっては言わないと気が済まないものらしく本人にとっては必要な物らしい。

そういうわけでこういった書くべきことがない日において何を書こうかと考えたのだが、書く事がないので無意味という言葉が登場したついでに「無」について書こうかと思う。

無とは数学で言えば0である。何もないという事。しかしそれを哲学的に考えた場合には「無」という意識をした時点で認識され存在するものとなってしまう。それならば本当の意味で無とは一体なにぞやという事になる。善と悪ならば話は早いのだが無と有というのは対極に位置しておきながらそう簡単にはいかない。ゼロという認識は数字が出来た当初は存在せずに、ゼロという概念がインドにおいて形成されるにはその後にかなりの年月を待たねばならなかった。その時点において「有る事」と「無い事」というのは二元的には存在しなかったということになる。「有」が存在すると思うからこそ「無」も存在するということである。これは悪と善のように二元的には存在しないという事でもある。悪も善も人の認識によって変わるものだが、相対する感覚も反対の感覚を意識しない限りは存在し得ない。おせっかいおばさんが善かれと思って行動する中に彼女自身の中には悪というものは存在しえない。それが他人から見れば悪という要素を含んでいようとも彼女自身の中では悪というものは意識されることはない。それならば本人が悪と認識しなければ本人にとっては善かというとそんな単純なことではなくて、絶対的な真理というものはそこに当てはまることはない。主観と客観というのも言葉の定義から始めなければいけないが、人が物事を考える上で客観的に考えた所で本人が考えている以上は完全なる客観視など出来るはずはない。ならば全ては主観しか存在しないのかというとそうではなく、自身の中で客観という意識をした時点でそれは客観になりうるのではないかと思う。
話が大きく本筋から外れてきたが善と悪というグノーシス的二元論とは別の視点で物事を考えるとすれば、自分の意思を超える存在が有ると認識することである。それが錬金術で言えば真理に当たり、神であるのではないだろうか。自分の中で認識する絶対的何かに物事を投影し考えるというのは人間が人間として生きる上で必要な事なのではないかと思う。誰かが「客観的な視点なくして真の芸術はありえない」と言っていたが客観的視点なくして真の善というのはありえるはずはないのである。なぜなら分かりやすく例えたら、炎天下でアイスを食べたい人にアイスを100本プレゼントした所で迷惑であるように相手の喜ぶ事を想定したら100本あげたいというのは気持ちで止めておいてどうしたら喜ぶかというのを考えなければいけないからである。
日本では無というと「存在しない事」を指すことが多いが、数字のゼロを発見したインドでは「存在しない事」を「無が存在する」と言うらしい。

禅において無心というのは心に何も無い状態ではない。ニュートラルな状態である。スポーツでも似たような事で「脱力」というのがある。力を入れるよりもある程度は力を抜いた方が力が入るというものである。有るという認識をするよりも、無くすという認識をした方が有る事が出来るというのは大変面白いように思う。「どこに行くか分からない人ほど遠くまで行く事が出来る」というのもあった。そう考えると裏返せば無は有であるという事が出来るのではないだろうか。ならば本当の意味で「無」とは一体何だろうか。

今度は禅に近い仏教的見解で無というものについて触れてみようと思う。仏教用語で無が一番使われるものといえば「無我」ではないだろうか。無我の境地と言われる事もあるが、無我とは自分自身の執着を超越することにある。意識の先で自分という感覚を超越した時である。これは仏教的に無我の境地に達したというよりも、もっと別の手段を用いれば皆さんも体験した事があると思うが自分自身の意識を超越するというのは日常的にある事である。変な話、寝る瞬間というのは寝るという意識もなくなるわけで誰も寝る瞬間を覚えている人などいない。それを無我だというわけではないが認識していないという点ではそうだと言えるのではないだろうか。接客業をしている時に、熱で意識が朦朧としていて働いていた記憶がないという事があったがきっと働いている時には意識はあったはずなのにどこかで途切れてしまったのだろう。寝ていては接客が出来るはずもないし走り回ることなど到底出来るわけはない。記憶障害というのは大変面白いものである。

では何かを有させるという点において創造的という観点から見てみようと思う。「創造」の対義語としてよく使われるのは「破壊」である。しかしそれは違うのではないかと僕は思う。なぜならば破壊の次に行われるのは創造だからである。破壊というのは創造するという前提で行われるものである。テロという破壊的行為は彼らの中で新しい世界を作ろうとする行為である。戦争もそうである。正当化出来る事というのは創造的なのである。真に破壊的だと言えるものは無である。無に帰す行為というのは誰もが認める事は出来ないのである。無というのは行為にしてみると理解出来ない、分からない事なのではないか。無気力というのは気力は無いわけだが、無気力というものは存在するのである。

「ここまで書いて本当にどうでもいい事を言っていると自覚しているのだが読み返すのも面倒なので誤字脱字が多い事をここで謝っておきます。ごめんなさい。」

最後に物理学的見解で無というものを見てみるとこれが面白いことになっている。
物理的に何も存在しない事を真空と呼んでいたそうだが、現代では真空状態において「真空のゆらぎ」というものによって電子と陽電子のペアが出現するらしく、絶対的に無というのは存在しえない。

よって無というものは概念だけの存在で実際には存在しえないと言えるのではないだろうか。無というのは有(存在する)という事と同義語なのかもしれない。そう思うと「意味のない事なんて無い」という一般的見解を肯定的に見ることが出来るのではないだろうか。無意味や無駄だと認識した時点で無ではなくなる。

そんなわけでオヤジギャグというのも無意味でも無駄でもないというわけである。寒さと戦うチャレンジャー達よ今こそ立ち上がりつまらないと冷ややかな目で見られようともオヤグギャクを胸を張って言うべきである。このつまらない日記も一見無意味そうで何かしら意味があるのだ。そうやって無意味に肯定してみたが、無意味を積み重ねた所で無意味な事には違いないのである。

途中二元論でグノーシス主義を出したのでカタリ派について書きたがったが話が外れすぎるのでまた今度にしよう。

夜中に空腹だが、今日の観点でいくとお腹に何も無いのではなく空腹が存在するということなのだろうか。だがお腹が減った事には何も変わらないのである。夜中に何か食べるのは体に良くないと言われているが腹が減ったものは仕方がない。空腹を認識したって腹が満たされるわけじゃない。まったく生きるのは大変だ。
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# by masarumizushima | 2007-08-09 10:38

アモーレ!


アモーレって響きが「恋しろ!」って言っているように聞こえる。


アモーレと言えば女性遍歴の凄さで有名なカサノバを思い出してしまうのだが、ついでにwikipediaで調べたら興味ある書き込みがあった。

『カサノヴァがその華やかな恋愛遍歴を享受した理由の一つは、彼が多くの同時代18世紀人と異なり、彼自身の快楽と同時に、その交際する異性の側の快楽に常に注意を払っていたことにある。彼は誘惑者としてばかりでなく、誘惑されることにも喜びを見出しており、また多くの美女を同時に愛し、激しい恋愛のときが終わったずっと後に至るまで、それら異性を人間として同等の存在として尊敬し、親交関係を維持した。彼はまた数人の男性ともベッドを共にし、また異性装にも生涯を通じて関心をもっていた。性病とギャンブルもまた彼の人生と不可分だった。ギャンブルは異性の次に彼が情熱を傾けたものであり、さまざまのものに賭け事を行い、ある時は勝ちまたある時は全財産をすったりした。パリで彼は国営の宝くじを創始してひと財産を成したが、絹織物工場への投資が失敗して全てを失っている。』

カサノバが実際には何をしていた人かというのは、同じくwikipediaから引用させてもらう。

「カサノヴァは時にビジネスマン、外交官、スパイ、政治家、哲学者、魔術師、20作以上の著作をもつ作家そしてドレスデン、ジェノヴァ、トリエステ、マドリッドで作品が上演される劇作家として立ち働いたが、その生涯の殆どにおいて、単一の「生業」を持たず当意即妙のウィット、幸運、社交上の魅力、そしてその対価として人々が提供する金銭でもって生活していた。」


つい先日、本物のボヘミアン集団を初めて見たのだがパリに住んでいるホームレスなどとは違い、若く元気で生き生きとしていた。妖精のような服を着ていたり、なんだか楽しそう魅力的である。スナフキンも実際にいたらあんな感じになってしまうのだろう。他人に危害を加える気は一切ないようでこちらも安心して見ていられる。社会的弱者でありながら精神的には弱者ではないというのはとても重要な事に思われる。
しかし、そのボヘミアンの集団にしてもカサノバにしても、自由の精神というのは他人の自由の権利を奪わないからこそ自分の自由を行使出来るわけで、それ相当の代償を支払わなければいけないというのを改めて感じさせられたわけだ。
光というのは強ければ強いほど、闇も深く濃くなっていく。闇が強ければ光も強くなる。それは時代性にも言えることかもしれない。どこかで光が照らされているのは他の部分にも闇が存在するということだろう。

古代ローマの人間にも古代エジプトの人間にも、その他多くの古代都市や現代の田舎の国にも行った事がないが歴史上の人間が時代や場所が違うだけで同じ人間だとはなかなか認識出来ない。その場所に行って肌で感じてみて初めて脳内での事が指先まで届くような感じがする。だから人は旅行するのだろうか。知りたいから。
僕は旅行嫌い(面倒くさがりなだけ)だが、そういう感覚の認識においては随分と鈍いのかもしれない。
酒蔵に行くことによって、その後は酒の味と一緒に倉のおかれている状況を情報として一緒に飲む事が出来る。それはワイン畑に行くのも同じ。そういった楽しみ方もあるのかもしれない。コンセプチュアルアートの良さもそうかもしれない。そこには情報という落とし穴もあるのだが、それは僕の好みの問題で善し悪しの問題ではないのでそこらへんに置いておこう。

サド侯爵の凄さは実際には大した事をしていない中での、人間の妄想の凄さである。カサノバはある意味で普通である。人間の動物的部分に忠実である。そして早大の何とかサークルのようではなく、気品と知識に満ち、誠実であると言い切れるのではないだろうか。
人は意味のない行動というのは出来ないものである。何かをやらされるのではなく自ら前線に立って行うというのは理由が必要である。ましてや悪徳だと社会的に思わざるおえない行為というのは本人も無茶苦茶なバカではなければ自ら気づいてしまうものだ。それでもなおも実行に移すには自己を正当化する必要がある。誰もが自分を正当化するが、それよりも一層の強さが必要だ。
だからこそ、一つの事で周りよりも抜きに出た人というのはその方向性を変えるだけで別の事でも突出するのである。天才が多くの事で業績を残すのは必然なのかもしれない。
僕は天才否定派だが、それは自分が天才ではないと気づいているからだろう。そうやって自ら翼をもぐ行為というのは愚かでしかないとも思っているだが、脳内で悪魔と天使が戦っている。

そういう突出した人というのは差別される。周りからは区別されているのだが、差別そして今で言うといじめ、過去においては魔女狩りや村八分になりかねない。

社会的少数者について、またwikipediaの記事が面白かったのですが長いので興味のある人は読んでみて下さい。
社会的少数者
外山恒一が少数派の諸君と言っていたがこのような少数派を代表しようしていたとしたら、彼の言っていた事はもっともだと思われる部分が沢山ある。


フェリーニのカサノバにおいて、直接的な性描写を排除しつつもあそこまで作れるというのはものすごい事である。イタリアにおいて国葬されるのはもっともである。日本もそういう所を見習ってほしいものだ。美空ひばりも黒澤明も国葬にするべきだったのに。
しかし、フェリーニの映画を見ていて思うのは彼個人の素晴らしさの問題は置いておいて、イタリア映画独特の匂いというのがあるわけだが、日本映画にも日本映画独特の匂いがある。その中で、日本の映画がじめじめして辛気くさくてアンニュイなのは仕方がないことだが、それだけがすべてではないだろう。そんなに引き出しは少なくないだろう。やけに深刻で、それがまた良いというのがありそうである。素晴らしい監督も沢山いるし、若い監督も頑張っているので邦画というくくりをするべきではないのかもしれないが、素晴らしい映画がミニシアター系など言われて分類されることに多少寂しさを感じる。
良い物を広めたいというのは、自ら感動した人すべてが思うことなのではないだろうか。例えそれが3%も通じなくとも。
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# by masarumizushima | 2007-05-15 07:15

星に導かれて


友人の女性が二人で巡礼の旅に出ることになりました。
行きたくてもなかなか休みが取れず行く事が出来ないという人が多い中で、このチャンスに巡り会えたということは素晴らしい事だ。

僕に出来る限りのアドバイスなどはするが、結局の所歩くのは本人。
例え友人と歩いた所で同じで結局自分で歩くしかない。
自分の足で一歩一歩進んで行くしかない。
その明らかに辛いけれど、しかし何かあるだろうと思い希望に満ちた目で進みゆく人の目には魅せられるものがある。
例え巡礼ではなくても人生において同じように生きている人に対して尊敬の念をいだかずにはいられない。

人は大昔から星に魅せられている。
空の星を見て多くの事を想像したに違いない。
その星に導かれた先に一体何があるのか。
キリスト教の三大巡礼地のうちの一つで「人生が変わる旅」と言われているが、一体何が変わるのかというのは誰にも予測は出来ない。
しかし、僕は変わった。
静かに、そして確実に。

僕もまだ歩いていないフランスルートを歩くという友人を前にして僕も共に歩きたいという衝動にかられている。
しかし、僕には今やらなければいけない事があり、それは巡礼で毎日歩くのと同じ事のように思うので行く事は出来ない。

星に導かれて。
彼女らの行く先で、星が輝いていますように。



ちなみにゴール地点はサンティアゴデコンポステーラ。
聖ヤコブが眠っているとされている所です。
羊飼いが星に導かれて聖ヤコブが埋葬された所と発見したそうです。
道中には普段なかなか行く事のできないロマネスク教会が多数あります。
何百年も数多くの人が歩いてきた道を自分も歩き、歴史の一歩に自分も加われているのだと思うと一歩一歩がとても重たく感じてきます。

なんだかんだ行って、やっぱり歩きたいみたいです。
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# by masarumizushima | 2007-04-05 04:38 | 日記

後悔という事


あの時あれをすれば良かったなどと後悔する事がある。
後悔など滅多にするものではないが、たまにあの頃にこれを知っていれば自分にとってどれだけ糧となかったと思う事がある。
その都度、誰かに勧められているのに若さからか我侭なのか自分の好きなことしかやってこなかったとこに今更ながらバカだったんだと思ってしまう。

例えば、英語の先生が嫌いだったから話なんて聞きたくなかったとか。テストなんてテスト前の5分だけ適当に目を通せば赤点なんて取りようがないと向上心の欠片もなかった事など思い出してみればキリがない。その時の自分の性格からしたらしょうがなかったのだろうけども、もし、それが可能だったらと夢見てしまうことがある。

もちろん、幼い頃の悩みなんて今からしたらどうでもいい問題だし、当時の自分からしたら重要な問題だったりする。しかし、将来に希望を持ち、尊敬出来る人に勧められていたら話は別だったかもしれない。そういう人に出会う事が出来なかった運の悪さも自分の傲慢さもしょうがないのだけど、怒りを感じる。感情論でしか物事を考えていなかった自分の愚かさに今になって気付いている。もちろんそれなりに良かった事も沢山あるし、それで学べた事も沢山ある。だから否定しているわけではなくて、もう少し幅広く物事を見れていたらと思ってしまうのだ。

写真を学ぶために東京に行くと決めて、東京にいく数ヶ月前に親戚の人に「世界を見ろ」と言われた。当時、東京に行く事しか頭になかった僕にとってはそれはそれは衝撃的な一言であった。それまでそんな事は考えたことすらなかったからだ。カナダ人にもオーストラリア人にもロシア人にも会った事があったのにもかかわらず、外人と言えばなぜかアメリカ人の事で、金髪で英語だと思うほどの田舎者だった。世界には色々な国があるのも分かっていたし、地理は得意だったので国名も首都もよく頭では分かっているのだが、感覚的に分かっていなかったという事だと思う。それが気付いてみればその言葉を言われてから約二年後にはパリに来てしまったから笑える話である。

人にはそういった「キッカケ」というものがあるのだろう。キッカケという引き金を引く前に準備をしている事は確かで、キッカケというものはただのキッカケに過ぎない。種も蒔かずに収穫は出来ない。そのキッカケを問題にしてしまうことも多々あるが、相談事と一緒で相談する時には自分の中では答えが出てしまっている事と同じようなものだろう。

いつものようにここまでは前フリなのですが、ここまで思ってしまう本に出会った。なぜ、これを今まで手にしなかったのだろうか。出会いは学生時代にもあったし、その後も出会うチャンスはいくらでもあったのにも関わらず今まで読む事ができなかった。逆に今だからこそ頭に入ってくるということもあるのだろうけれど、少し悔しいのである。
その本は「明るい部屋」著ロラン・バルト。
まだ読んだ事なかったのかとバカにされてしまうだろう。写真論で一番有名で写真を勉強する人はまずこの本を読むと言っては過言ではない本である。僕も学生時代に「明るい部屋」と「写真論」著スーザンソンタグと「複製技術時代における芸術作品」著ベンヤミンは読めと言われたものである。しかし学生時代はバカだったせいもあり『好き嫌い』でも物事を判断することが出来なかったのもあってそんな何とか論など博物館にある『死んだ物』でしかないと思っていたフシもあり興味のかけらすらも持てなかったのである。ましてや世界的に有名な写真論の本である。固くて重くてどうでも良い事しか書いてないのではないかと勝手に思っていたのである。バルトがどんな人かも調べもせずである。まったく馬鹿げた話なのだが当時の僕はそう思っていたのだからしょうがないものである。
僕が「明るい部屋」を読む前の下地として、バルトの本はいくつか読んだし、ベンヤミンの本も偶然ながら読んだ。ベンヤミンの本に関しては他に読みたい物があって、そのおまけ程度で読んだ。そこから初めて写真論というものに興味を持ち出したのである。学生時代に○沢さんの写真論を読んだ時は面白いながらもどこか死臭が漂っていて、写真論なんていうものはこんなもので、こんなものなら読む必要はないなどと思ってしまった。今、改めて読み直したら昔よりもずっと面白いと感じるかもしれない。
昔から行動してからじゃないと頭に入ってこないのは、引き出しを沢山持っていざ行動する時にそれを生かせる頭の良い人から見たらとても頭の悪い事なんだと自分でもハッキリと感じている。それをつくづく痛感したのである。
未だ読んだ事がない人はぜひ読んでみて下さい。
バルトの本は私的な感情論なのですが、私的な感情論を論理的に言っている所が僕はとても好きである。
だからこそ情けない。バルトの「エッフェル塔」が面白いとか言う前に写真論を読んどけよと(笑)
評論家でもないし、評論家になりたいと思う事もないけれど、写真を始めたばかりの頃の可能性を自ら否定するような行為というのはバカバカしくて仕方がない。初心が全てではないが、たまに初心を思い出すというのは精神的に良いこともある。もちろん安易に楽しい事が良いと言いたいわけでないし、本当に面白い事というのはとても大変も付きまとうのは仕方がないのだが、あの時の喜びと根拠のない自信というのは相対的にしか物事を考える事が出来ない者によって打ち砕かれるものではないのである。

この本を読んでまた写真が好きになった気がする。
ここ最近いつのまにか好きという感情を忘れていたのかもしれない。
以前「明るい部屋」は古典だと笑われた事もあったのだが、まずは古典から始めてみましょう。少しずつ。

珍しく後悔などというものをしてみた。
今まで後悔するという事を、現在を肯定的に見る事が出来ない愚かな行為だと思っていた部分も少なからずあるが、後悔とは肯定的にもとれる言葉であると今になって初めて気付いた。言葉とは面白いものである。
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# by masarumizushima | 2007-03-14 09:10 | 日記

夢の続き


先日こんな夢を見ました。

僕は郊外にある洋館に入る。
そこはとても不気味でドラキュラが住んでいてもおかしくないような家だった。
その洋館が何なのか分からないが、入ってしまったので進んでいくと、僕は幽霊なのか化け物なのか人間なのか何なのか分からない館の主に突然鎌で首を切られる。
血が噴き出し、息もできずに苦しみ、痛くて意識が朦朧とする中でこれが死なのかと実感する。そして目のは白いモヤがかかってきて、そのまま白い世界に旅立つ。そう、それが死だった。
するとなぜか次の瞬間、僕はまた館の入り口に立っている。館に入った時の状態に逆戻り。
出ようとしても出口は閉まったままでどこからも出ることは出来ない。館の出口を探しているうちに僕はまた殺される。
死ぬとまた館の入り口に立っている。
そしてまた殺される。それを何度も繰り返す。
精神は疲れはて、時間がたてば絶対的に訪れる死という終わらない恐怖と死ぬ時の苦痛を何度も味わいながらも僕は少しずつ謎を解いて行く。
何度死んだか分からなくなった頃に、死神のような洋館の主に追いかけられながらもやっと地下室で出口の鍵を見つけ、一緒にいた女性(なぜか突然登場)と共に館を抜け出し赤いスポーツカーで夜の街を走り出す。
これでやっと解放されたと安心した時、何か後ろにいると感じて振り向くと奴がいる。その瞬間、奴は僕に襲いかかり、車は爆発してしまう。


そこで目が覚めた。
それが数日前の夢である。

夢占いで占った結果はとても良いのだが、そんなものでは納得いかない恐怖である。
寝る時に、今の現実が夢だったのではないかと思ってしまったりする。
また死を繰り返し体験しなければいけないのではないか。
起きた時、あの夢の続きではないかと思ってしまう。

夢ながら何度も死ぬなんていうのは精神的に良くないのではないだろうか。
夢というのは人間の精神のバランスを整える為にあるようであるが、それにしてはちょっと過激すぎる。
それほど僕の精神がおかしくなっていたのかもしれないのでしょうが、だからといって納得は出来ないものである。

まぁしかし、そんな感情的な話はおいておいて話を進めていこう。
この夢の中で僕は一晩の間に殺され、その一晩を延々と繰り返していく。
その一晩の幻を人生に置き換えるとすならば、僕らは一生というものを繰り返しているのかもしれない。
必ずやってくる「死」と「誕生」
僕の夢と大きく違う点としては、僕は死ぬ前の記憶があるという点である。
だからこそ、死ぬ事が分かっているから謎を解こうとするし、死に恐怖するのである。
しかし誰もがそうだと思うが死を体験したことなどないので死に恐怖することはないのである。体験出来るとするなら九死に一生を得た体験くらいのものであろう。

誰かが言っていたのだが、「人は毎日同じ事を繰り返しているだけだ。」と。
確かにその通りかもしれない。
毎朝起きて、仕事をしたり学校に行ったりして、昼飯を食べ、夕飯を食べ、寝る。
たまに別の事もするがサイクルに入ってしまえば同じようなものである。
それに対して悲観的に思うつもりはない。人は習慣化すると楽になる。それは僕の経験でそう思うのである。
例えば、僕は目的もなく行動するのが苦手である。
散歩も「どこまで行く」と決めないと行けないくらい苦手なのである。
それなのだが、一時毎日走る事にした。
結局四ヶ月ほど経ってから痩せるのが嫌で止めたのだが、その四ヶ月間走るのが好きだったことはない。楽しいと感じたこともないかもしれない。
ただ習慣にしただけである。

習慣にすれば出来る事というのは他にも沢山ある。
僕が洗い物が出来ないのも、食後すぐに洗うという習慣がないという情けないことなのだ。
ある年上の女性に「それは洗いなさい」とアッサリと言われたのだが、正にその通りである。

人は生きることを習慣にしている。
そんな事は当たり前なのだが、当たり前の事を当然のようにするというのは難しいものである。
戦争や、昨今の自殺率の上昇など、障害は数多い。
寿命というのはどんどん伸びていて、生きるなんて簡単だと言う人も多いかもしれないが、繰り返し一生を何度も生きているとした場合、僕らは言葉の通り『生き生き』と生きなければならない。それこそが本当に生きているということではないだろうか。
それは当然であるし、必然である。

生きているからこそ「死」を考え、問題にする。
死を美化するわけではないが、死の美化というのは生きることの美化と同意義であると言えるのではないだろうか。
美しく生きていないと死は醜くなってしまう。
美しく生きていたからこそ死まで美しくなる。
終わりよければすべて良しと言うが、報われた努力というのは、報われる以前から良いものであるし、当然行わなければいけないことなのだと僕は思うのである。

生きるのは大変だし、辛い。
しかし強く生きなければいけない義務があるのではないだろうか。
強く生きる事を放棄した時、人は醜く歪んでいくのではないだろうか。
当たり前のように強く生きる人々こそ美しい。

「美しい」を連呼してしまいましたが、綺麗な事ではなく美しいということは僕にとってはとても重要で素晴らしいことだと思う。
綺麗の価値観は時代や感情でも変わるものだが、美しいと感じることは普遍ではないだろうか。
変わらないから良い、すべての人の共通するから良いというわけではないけれど、心が満たされる事や喜び幸せに感じるというのは生きる上で必須ではないかと思われる。
それを求めずして生きる事など僕は不可能なのではないかと思う。


最初に書いた夢を見ている間、僕はあまりの恐怖に何度か起きてしまった。
しかし夢は起きる前の続きから始まり、終わることがなかった。

一夜の夢の続きに僕はまだ生きている。
無事に洋館から脱出することが出来るのだろうか。

僕自身は脱出することを願ってやまない。
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# by masarumizushima | 2007-03-13 09:12 | 日記

日本カメラ12月号


ご無沙汰しています。

このblogに書き込むのも3ヶ月ぶり。
今日はご報告を。

11/20発売の日本カメラ12月号に僕の写真が掲載されました。

タイトルは「永遠の動く影」
掲載写真はHPに載っている海のシリーズです。

この作品は元々卒業制作展の為に撮った写真です。
今回の掲載まではタイトルすらもありませんでした。
「卒業制作展の為の作品」と言いましょうか。
卒業制作の為なのでテーマも何も「卒業」しかありませんね。

僕の中ではこのシリーズはHPに載せている一枚目の海の写真で完結していました。
組んでいる他の写真は補足で、海の写真への経緯を説明したにすぎません。

卒業をするにあたり、僕らは自由になったはずであった。
これから大空へと羽ばたいていくその時に僕らは何を考え何を想うのか。
あの海の写真はこれから旅立っていく自分や仲間への応援であった気がします。
「この先どんな荒波がやって来るかもしれない。けれど前を向いて進んでいこう。」と。

この作品は僕の撮る写真の中でも特に違った傾向にありました。
撮ってる対象物は別としても私的写真であった。
それが風景という対象のおかげでぼやけてはいるものの、日常を撮っている私写真と何ら変わる所はない。

日本カメラ12月号にはその海の写真が掲載されていません。
それは僕の意図ではないのですが、あえてなくて良かったという気がしないでもありません。
卒業制作の中から卒業という言葉を抜いた時、僕は何を想い何を撮ったのか。

時間がすぎるのは早いもので、その卒業からもうすぐ3年がたとうとしています。
今、改めてあの写真から卒業した気がしました。
最初で最後になるだろう僕が撮った私写真。
もし、お時間があったら見てみて下さい。
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# by masarumizushima | 2006-11-25 08:38 | NEWS

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